<福島第1原発>地震での設備損傷を否定 東電事故報告書 東京電力は2日、福島第1原発事故の社内調査委員会(委員長・山崎雅男副社長)の中間報告書を公表した。地震による配管など主要設備の損傷を改めて否定し、想定外の津波で全電源が喪失し、原子炉を冷却できなかったことが事故の原因と結論づけた。山崎副社長は会見で「国と一体となって安全対策を実施してきた」と国の責任を強調した。来年6月をめどに最終報告をまとめる。
社内事故調査は政府の「事故調査・検証委員会」とは別に、東電が今年6月に始めた。
報告書はA4判で130ページ。津波対策について、東電は08年には明治三陸沖地震(1896年)と貞観津波(869年)のモデルを使って津波水位を最大10.2メートルと試算したが、「仮定に過ぎない」と、対策に反映させなかったと従来の主張を繰り返した。同原発を襲った地震については、「政府の地震本部の見解に基づく地震より、広範囲を震源域とする巨大地震」などと認定。「想定した前提を大きく外れる事態で、結果として事故拡大を防止できなかった」とした。
地震の影響について、原子炉のデータなどから、配管や冷却装置など主要設備に損傷はないと評価。津波で非常用発電機が浸水するなどして使えず、散乱するがれきで1〜3号機の注水作業が難航し、「多重の安全機能を同時に失ったことで発生。長時間の電源喪失と除熱機能の喪失が要因」と断定した。
水素爆発については、1、3号機の各建屋にどう水素が流出したかは不明だが、格納容器のふたなどの結合部分から漏れ出た可能性を指摘した。
中間報告に対し、社外有識者による検証委員会(委員長=矢川元基東京大名誉教授)は2日、関係者が「過酷事故は起こり得ないという『安全神話』から抜けだせなかったことが事故の背景」との意見を公表した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20111202-00000094-mai-soci東日本大震災:福島第1原発事故 東電社内調査中間報告・要旨 東京電力福島第1原発事故の社内調査結果報告書の概要と、社外有識者による検証委員会の意見は次の通り。
<事故の概要>
3月11日、1〜3号機が運転中だったが、午後2時46分に発生した東日本大震災を受け原子炉はすべて自動停止。すべての外部電源が失われたが、非常用ディーゼル発電機が起動。その後襲来した津波により冷却用海水ポンプや非常用発電機、電源盤が冠水したため6号機を除き全電源喪失状態となり、炉心冷却機能が失われた。
◆1号機
3月12日午前5時46分から消防車による代替注水(淡水)を開始。午前9時4分から(格納容器の破損を避けるための)「ベント(排気)」操作に取りかかったが、放射線量が高かったため手動で弁を開ける作業ができず、仮設の空気圧縮機を設置して実施。午後2時半、格納容器の圧力低下を確認したため、ベント成功と判断した。同54分、代替注水を海水に切り替えた。
同3時36分、原子炉建屋上部で水素爆発が発生。炉心損傷に伴い、圧力容器内で発生した水素が原子炉建屋内に漏れたと推定されるが、漏えい経路は不明。格納容器上ぶたの結合やハッチの結合部が高温で機能低下した可能性がある。
地震発生後、自動起動した非常用復水器(IC)を運転員が手動停止したのは(急激な温度変化から)格納容器を守る観点から手順書に基づいており問題ない。
◆2号機
13日午後0時5分、所長が海水注入の準備を指示したが、3号機の水素爆発(14日午前11時1分)により、海水注入ラインの消防車が破損した。原子炉水位が下がり始めた。
15日午前6時すぎ、大きな異音がしたが、地震計のデータによると、ほぼ同時刻に発生した4号機の水素爆発によるものと判断された。圧力抑制プールの圧力が大気圧にまで下がったと表示されたが、圧力計の故障の可能性が大きい。
格納容器の圧力が同7時20分〜11時25分に低下しており、何らかの原因で格納容器内のガスが大気中に放出されたと考えられる。
◆3号機
13日午前2時42分、高圧注水系が停止し冷却機能を喪失。同9時25分ごろから消防車で(核分裂を抑える効果がある)ホウ酸を含む淡水注入を開始した。
14日午前11時1分に原子炉建屋上部で水素爆発が発生。水素の漏えい経路は1号機と同様と考えられる。1号機の水素爆発を受け、原子炉建屋から水素を抜く方法が検討された。爆発を誘発する火花が発生しにくいウオータージェット(水流)で建屋の壁に穴を開けて水素を逃がすため、機器を手配したが、間に合わなかった。
◆4号機
定期点検中で、全燃料は使用済み燃料プールに貯蔵されていた。15日午前6時すぎ、大きな音が発生し、9時38分に火災が確認された。同11時ごろ、自然鎮火した。
14日午前4時8分には、燃料の崩壊熱によってプールの水の温度が84度にまで上昇したが、燃料は水から露出しておらず、水の分析からも燃料破損を示すデータは確認できなかった。3号機の原子炉で発生した水素が4号機に流入し、爆発した可能性が考えられる。
<津波の評価、対策>
主要建屋敷地の全域が浸水し、浸水高は1〜4号機側で平均潮位+11・5〜15・5メートル、5、6号機側で同13〜14・5メートルだった。
当社は、具体的な津波評価方法を定めたものとしては唯一の基準となる「原子力発電所の津波評価技術」(02年、土木学会刊)に基づき、津波水位を5・4〜5・7メートルと評価し、ポンプ電動機のかさ上げや建屋貫通部の浸水防止対策を実施。国の承認を受けた。
08年には明治三陸沖地震=マグニチュード(M)8・3=のモデルを福島沖の海溝沿いに持ってきた場合の津波水位を試算、8・4〜10・2メートルという結果だった。貞観地震のモデルの試算では7・8〜8・9メートルだった。しかし、これらの社内的な試算は仮定に基づくものに過ぎなかった。今回の地震は、いずれのモデルとも異なり、より広範囲を震源域とする巨大地震だった。
福島第1原発の主要建屋敷地の高さは10メートルで、東北電力女川原発や日本原子力発電東海第2原発における設計上の津波高と敷地レベルの関係と比較しても、特段低く設定されてはいない。
非常用ディーゼル発電機を気密性の要求されないタービン建屋に設置するのは、当時の米国の標準的な配置。耐震条件の厳しくない米国では地下階は要求されないが、日本では大型機器としての耐震性や振動を考慮し、地下階に設置した。
<事故対策>
過酷事故対策として、自主的取り組みとして代替注水や隣接号機からの電源融通などの設備変更、事故時運転操作基準の改定を実施してきた。
事業者と国が一体となって設計基準を超える事象に対しても一定の対応体制や手順書の整備を進めてきたが、今回の津波は事前の想定を大きく超え、作動が期待されていた機器、電源はほぼすべて機能を喪失した。結果として事故に対抗する手段を備えることができず、炉心損傷を防止できなかった。
<地震による影響>
地震から津波襲来までの残存データによると、安全上重要な機能を有する主要設備は地震時や直後には機能を保持できる状態だったと考えられる。耐震重要度の低い機器でも、地震によって機能に影響する損傷はほとんど認められなかった。
<今後の対応>
直接原因である津波に対して、原子炉注水や冷却のための徹底した対策を取る。長時間の電源喪失や冷却機能喪失など多重の機器故障を前提に、炉心損傷を防ぐ柔軟な機能確保対策を講じる。さらに、炉心損傷した場合に生じる影響を緩和する措置を講じる。
http://mainichi.jp/select/weathernews/
news/20111203ddm008040084000c.html「長靴がズルッと溶けた」 東電事故調報告 弁明に終始、残る多くの謎 福島第1原発事故をめぐり、東京電力が2日に公表した事故調査報告書。発電所員への聞き取り調査などで、事故直後の緊迫した状況が浮かび上がった。一方、事故検証では「予測できなかった」「(厳しい環境で)難しかった」などの言葉が踊り、弁明に終始。これまで謎とされてきた、多くの事項についても未解明のままで課題を残した。
「長靴が溶けた」
「海水が流れ込んできている!」。福島第1原発に津波が押し寄せた3月11日午後3時半すぎ、原発をコントロールする中央操作室に運転員が駆け込んできた。室内の電源のランプが点滅を始めると、一斉に消灯。暗闇に包まれた。
「操作もできず、手も足も出ないのに、われわれがここにいる意味があるのか」。運転員から噴出する不満や不安の声。対応した責任者は頭を下げ、「ここに残ってくれ」と懇願するしかなかった。
東電による聞き取り調査で判明した、事故直後の状況だ。ほかにも原子炉の圧力を抜くベント作業に向かった作業員は「ボコッ、ボコッと大きく不気味な音を聞いた」と証言。高温場所で「長靴がズルッと溶けた」こともあった。
事実の列挙
報告書で詳述された事故直後の状況だが、肝心の事故原因などについては事実関係の列挙に終始。具体的な政府とのやりとりや、判断を下した背景についての説明はなかった。
例えば、多くの専門家が高い関心を寄せる1号機の「非常用復水器(IC)」の操作については、従前の説明を繰り返すのみ。ICは緊急時に原子炉を減圧・冷却する重要な装置だが、津波直後に運転員が約3時間停止させている。
東電は「ICが空だきになって壊れ、放射能が外に出るのを防ぐため止めた」と説明するが、稼働していれば事故拡大を防げた可能性があり、操作の妥当性は検証課題として残った。
全て明らかに
ほかの謎も未解明のままだ。ベント作業が遅れた点も、準備指示が出てから14時間近くかかった理由を十分に説明できていない。
2、3号機では非常用冷却システムが稼働し、燃料溶融まで2、3日の余裕があったが、その間、具体的にどのような対策を講じてきたかも説明不足だ。
九州大の工藤和彦特任教授は「事故当時の人の動きなど、東電にしか分からない情報がたくさんある。当時、運転員はどのような指示で、どう考えて事故対応にあたったのか、全て明らかにするのが東電の責務だ」と話している。
◇
東電の事故調査報告書を見る限り、甘い想定を放置したことへの反省はない。
東電は津波の研究を怠っていたわけではない。報告書にも「津波の知見や学説が出た際は、自主的に検討や調査をしている」とある。実際に、福島第1原発に10メートル超の津波が来るとも試算していた。だが、知見は生かされなかった。東電は「根拠がなく仮定にすぎない」とし、「安全対策は国と一体となって進めてきた」と正当性を主張する。
これに対し、外部有識者からなる事故調査検証委員会は、一定の理解を示しつつも「地震や津波をより真剣に考えておくべきだった」とし、「事故を発生、拡大させたのは、事前の安全対策が十分でなかったことによる」と結論づけた。
検証委は「東電を含むわが国の原子力関係者において、過酷事故など起こりえないという『安全神話』を生み、抜け出せなかった」とも言及した。
今回の調査は、約250人の社員から聴取したという。だが、自浄を求める社内の声は盛り込まれていない。津波の想定を放置した社内の議論も謎のままだ。真摯な自己批判なしに、真相の究明はない。
http://sankei.jp.msn.com/science/news/
111202/scn11120222150001-n1.htm最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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