ベトナム戦争中に米軍が散布した枯れ葉剤の被害者とされる結合双生児「ベトちゃん、ドクちゃん」のうち、重い脳障害で寝たきりの生活を送っていた兄グエン・ベトさんが6日午前1時(日本時間同3時)ごろ、ベトナム南部ホーチミンのツーズー病院で死去した。午後に遺体を解剖するが、死因は腎不全と肺炎とみられる。26歳だった。
1981年2月、同国中部ザライ省で弟のドクさんと下半身がつながった状態で生まれた。82年からツーズー病院に移ったが、86年に病気が重くなり、東京都内の病院で治療を受けた。重い脳障害となったことから88年10月、ツーズー病院で分離手術を受けた。
弟のドクさんは同病院で働く傍ら、2006年12月に結婚したが、ベトさんは病院で生活していた。今年5月に肺炎を患い、腹部からも出血し、一時は重体となっていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20071006-00000043-jij-int

ベトちゃんドクちゃん
ベトナムで下半身がつながった結合双生児として産まれた双子の兄弟の愛称である。兄はグエン・ベト(Nguyn Vit, 漢字: 阮越、1981年2月25日 - 2007年10月6日)、弟はグエン・ドク(Nguyn Đc, 漢字:阮徳、1981年2月25日 - )。
二人はベトナム戦争時にアメリカ軍が大量に散布した枯葉剤の被害者であると言われている。そのショッキングな姿は特に日本でベトナム戦争被害のシンボルとなり、様々な支援の手が寄せられた。ベトが急性脳症となったことを契機として二人は分離手術が実施され成功、長じてドクは病院事務員となり結婚もしたが、ベトは晩年まで寝たきりの状態であった。
経歴
ベトナム中部高原ザライ・コントム省出身。二人は上半身二つが一つの下半身でY型に繋がった結合双生児として産まれた。母親フエは終戦の1年後に枯葉剤のまかれた地域に移住し、農業を行っていた。母親は二人をコントム病院に預け、失踪。二人は1歳の時にハノイ市のベトナム・東ドイツ友好病院へ移され、そこからベト(越)(越南、ベトナム)、ドク(徳)(徳国、東ドイツ)と名づけられた。
下半身がつながった結合双生児の写真は世界中に紹介され、ベトナム戦争の爪あととして衝撃を引き起こした。特に日本では話題になり大規模な支援活動が起こった。1985年6月2日、「ベトちゃんとドクちゃんの発達を願う会」が福井県敦賀市で結成され、募金を募って二人に車椅子を送った。
1986年6月11日、ベトが急性脳症となり、治療のために日本に緊急移送された。6月19日、東京の病院で手術が行われたが、後遺症が残った。
1988年3月に母親と再会。その後、ベトが意識不明の重体となる。二人とも死亡してしまうのを避けるため、10月4日にホーチミン市立ツーズー病院で分離手術が行われた。この手術には日本から医師団が派遣、高度な医療技術も提供された。ベトナム人医師70人、日本人医師4人、17時間に及ぶ大手術は成功し、ベトには左足が、ドクには右足がそれぞれ残された。ドクには日本から義足が提供された。
分離後、ドクは障害児学校から中学校に入学。中学校は中退したが、職業学校でコンピュータプログラミングを学び、ツーズー病院の事務員となった。ボランティア活動も行っている。一方、ベトは重い脳障害を抱え、寝たきりの状態となった。
2006年12月16日、ドクはボランティア活動の際に知り合った専門学校生のグエン・ティ・タイン・テュエン(Nguyen Thi Thanh Tuyen)と結婚。このことは日本でも大きく取り上げられた。結婚式では「将来は障害者も働ける旅行会社を設立したい」と語った。また、結婚後に兄ベトを引き取り夫婦で介護していた。
2007年10月6日、1時(日本時間3時頃)兄グエン・ベトが腎不全と肺炎により死去、享年27(26歳没)。
枯葉剤の影響
詳細は枯葉剤を参照
二人が結合双生児として生まれたのは枯葉剤の影響であると言われている。ベトナム戦争においてアメリカ軍は北爆を行ったが、その際ベトコンのゲリラ戦略に対抗する為に枯葉剤を使用した。この枯葉剤には副産物としてジベンゾ-パラ-ダイオキシン類が含まれていた。その異性体の一種である、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ダイオキシンは発ガン性が確認されている。ダイオキシン類は急性毒性と、催奇形性を含む生殖毒性、発がん性の2面性を持つと言われているが、毒性については種差が大きく(ハムスターの致死量はモルモットの数千倍もある等)、人に対する影響についてはクロロアクネといわれる吹き出物が生じる以外の事は分かっていない。国際がん研究機関において、発ガン性を持つとされているのは、ダイオキシン類の中でも2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ダイオキシンのみである。またマウスで催奇形性が出ることは実験で確認されているものの、ダイオキシンの毒性については種差が大きい為、ヒトにおいても催奇形性が発現するかどうかは分かっていないのが現状である。ダイオキシン類が作用する分子生物学的標的は内分泌攪乱化学物質と同一のものであるが、これについてもヒトに対しての影響については良くわかっていない。
wikipedia
分離手術が成功したとき、これこそ正に奇跡と言われました。その奇跡を1日も長い人生に繋げて欲しいと思いましたが。。。
ベトナム戦争最後の戦死者かも知れません。戦争とはこれほど惨いもの。それを再認識したい訃報です。
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