18日午後6時25分ごろ、福岡市中央区黒門の路上で、乗用車から降りた九州最大規模の指定暴力団道仁会(本部・福岡県久留米市、約770人)の松尾義久会長(56)が拳銃で撃たれた。
松尾会長は病院に搬送されたが死亡。銃撃したとみられる男ら2人が現場から車で逃走した。県警は殺人事件として中央署に捜査本部を設置。現場近辺で犯行に使われたとみられる車を押収し、男らの特定を急いでいる。
道仁会を巡っては、昨年5月の松尾会長就任に反発して、傘下最大組織の村上一家(福岡県大牟田市、当時約200人)などが脱退し、「九州誠道会」(大牟田市)を発足。道仁会本部事務所や松尾会長に近い道仁会系組事務所などが銃撃される事件が相次いでいた。福岡県警は抗争事件の可能性が高いとみている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070818-00000213-yom-soci

道仁会
(どうじんかい)は、福岡県久留米市通東町に本拠を置く日本の指定暴力団。活動地域は主に九州北部。構成員は2004年12月現在で約910人(準構成員を含めると時期不明で1500人)に達し、福岡、佐賀、熊本、長崎、山形 の5県に勢力を有している。
幹事長補佐の下に「抗争となると自ら拳銃を持って先陣を切って走り回る」といわれる親分衆、直系組長が20数名いるといわれる。古賀磯次が一代で築き上げた戦闘意欲が高い組織で、極めて反権力、反警察の色彩が強い。1965年に前身である古賀一家(こがいっか)から始まり、1971年に「道仁会」と名を変えた。1981年には大牟田の馬場一家と「第1次馬場一家抗争」、1982年には久留米市内の向山一家と10回近い発砲事件を起こし、1983年には「第2次馬場一家抗争」と呼ばれる20数回にわたる銃撃戦を繰り返し各地域の団体を傘下に収めてきた。道仁会の名が全国に轟いたのは1986年7月から翌87年2月まで繰り広げられた「山道抗争」である。この抗争では77件の事件で死者9人を出した。
1992年1月に幹事長・松尾誠次郎が2代目を継承し、更に組織力を強化、磐石の体制を構えた。1992年12月14日、福岡県公安委員会から指定暴力団に指定された。
松尾誠次郎は2006年5月に突如引退を発表。後継会長の人事を巡り、最大傘下組織の3代目村上一家(本部・福岡県大牟田市、約200人)、永石組、鶴丸組、高柳組が反発し、2006年5月21日には抗争に発展した。本部事務所(久留米市通東町)が旧ソ連の自動小銃で銃撃され、市内の系列事務所では手投げ弾が爆発、暴力団と関係ない商店が破壊された。 その後、2006年6月11日に村上一家、永石組、鶴丸組、高柳組は道仁会を離脱し、2006年7月19日に脱退したそれらの組で、福岡県大牟田市において九州誠道会を発足させた。
松尾誠次郎の後を請け、3代目に大中(松尾)義久が就任したが、2007年8月18日福岡市中央区黒門の路上にて襲撃を受け射殺された。
歴代会長
* 初代:古賀磯次
* 2代目:松尾誠次郎
* 3代目:大中(松尾)義久(元・二代目松尾組組長)
最高幹部
* 会長:大中義久(元・二代目松尾組々長)2007年8月18日逝去
* 直若:前田義光(古賀一家三代目総長)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E4%BB%81%E4%BC%9A
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