漫画「はだしのゲン」で核軍縮を訴えて−。日本政府は30日からウィーンで開催される核拡散防止条約(NPT)運用検討会議第1回準備委員会で、広島の原爆被害を描いた漫画「はだしのゲン」の英訳版を加盟国に配布する。世界で人気の高い日本の漫画などソフトパワーを活用し、各国の代表や若者たちに原爆の悲惨さや核軍縮・不拡散の必要性を伝えるのが狙いだ。
日本政府は同委員会で、原爆投下前の被爆地の街並みを再現したCG(コンピューターグラフィックス)も上映。平和・軍縮をテーマにしたマンガ・コンテストの開催や、核保有国を含む各国の学生を日本に招聘(しょうへい)し、日本の学生との討論会を開くアイデアも提案する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
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はだしのゲン
『はだしのゲン』は、中沢啓治による、自身の原爆の被爆体験を元にした漫画。同タイトルで実写映画やアニメ映画化もされている。
概要
1972年に「週刊少年マガジン」の漫画家自伝企画の第1弾として掲載された、中沢の自叙伝『おれは見た』を元に、脚色を交えて1973年から「週刊少年ジャンプ」での連載が始まった。
作品の内容、表現等について様々な意見があるが、作者の実体験に基づく原爆の惨禍や当時の時代背景・世相風俗を良く表現していながら、教育的なだけではなく優れたエンターテインメントとしても見せる名作として国内外での評価は高く、映画・アニメ・ミュージカル・絵本化もされている。
自伝を元にした作品で、作中のエピソードの多くも中沢が実際に体験したことである。当然ながら、実際の体験と作中のエピソードには差異がある。例えば中沢は父や姉弟の死を直接には見ておらず、後に実際に立ち会った母から聞かされている。また母親の死にも中沢は立ち会っていなかった(作中の戦後すぐの死去ではなく終戦から20年後で、中沢は当時東京にいた)。作中にもある母親を火葬した際、骨が残らなかったエピソードが、中沢に広島原爆の被爆を題材とした漫画を描かせるきっかけとなる。
単行本、文庫本などを含めた累計発行部数は1000万部を超える。
また、独特の描写や広島弁を含むセリフなどから、インターネット上で度々ネタにされる。
連載誌
* 1973年〜1974年 - 週刊少年ジャンプ
* 1975年〜1976年 - 市民(オピニオン雑誌)
* 1977年〜1980年 - 文化評論
* 1982年〜1985年 - 教育評論
あらすじ
物語は、広島県広島市舟入本町(現在の広島市中区舟入本町)に住む国民学校2年生の主人公・中岡元(なかおか げん)が1945年8月6日に投下された原爆で父・大吉(だいきち)、姉・英子(えいこ)、弟・進次(しんじ)の3人を亡くしながらも、たくましく生きる姿を描く。
舞台は 1945年、終戦間近の広島市。元の父で下駄の絵付け職人大吉は、反戦思想の持ち主。こうしたことから、中岡家の家族は町内会長の鮫島や近所から「非国民」扱いされた。元の長兄の浩二(こうじ)が、「非国民」の重みをはね返すために海軍の予科練に志願し、元の次兄の昭(あきら)は、広島市郊外の山間部に疎開に行っていた為、浩二と昭は、原爆の難を逃れている。ちなみに英子は昭より年上だったが、体が弱かったため疎開できなかった。
原爆投下後に、大吉・英子・進次は家の下敷きになり、そのまま家に火がついて3人は生きたまま焼かれて死亡、元の母である君江(きみえ)がショックで女児を出産。名前は、友達がたくさんできることを願って「友子(ともこ)」と名づけられた。その後、元は毛髪が原爆症で抜け落ち、自分も放射線障害で死ぬことに恐怖した。ハゲ頭になった元は、焼け野原になった広島市内の道端で拾った消防団の帽子で頭を隠した。
元は江波で原爆で死んだ弟・進次に瓜ふたつの原爆孤児・近藤隆太(こんどう りゅうた)と出会う。隆太は原爆孤児の仲間と共に、被爆をまぬがれた江波の農家から食糧を盗み、飢えをしのいでいた。隆太と初めて会った元は、進次が生きていると思い込んでいた。2回目に会った時は、食糧を盗もうとしていた時に百姓に追い回されていたところを元に助けられた。隆太の仲間は警察に捕まり、感化院に送られた。そして、元と君江は隆太を弟代わりに育てる事になった。そして、君江の友人のキヨの家で暮らし、元達は江波で新たな生活を始めるがそこでは、キヨの姑や子供達からの迫害を受けた。
江波に着いた際、原爆の熱線で全身に大やけどを負った画家志望生の吉田政二(よしだ せいじ)に元は出会う。学徒動員で勤労奉仕に行く途中に原爆の熱光を浴び、大やけどを負ったのだった。政二の家族は「ピカドンの毒がうつる」という噂を信じ、政二を隔離。政二をとても嫌い、ろくに面倒もみていなかった。このことに元は怒り、吉田家で大暴れする。政二が死んだとき、政二を最後まで苦しめた原爆を永久に怨む決意をする。元は政二から絵画を教えてもらった(政二の両手は原爆による火傷で不自由になり、口で筆をくわえて絵を描いていた)。政二の火葬の際も、元と隆太の2人が立ち会うだけだった。
終戦後、昭と浩二が広島に戻ってきて、中岡家は隆太を含めて6人で暮らすようになった。しかし、君江の友人のキヨの姑に家を追い出され、一時洞穴で生活し、その後、バラックに移り住んだ。その後、隆太はヤクザに騙され、自分達がアメリカ軍駐屯地から死ぬ覚悟で盗んできたミルクを闇市で叩き売りされたことにより、ヤクザの男2人を陸軍が武装解除で捨てた拳銃で殺害した。それにより、警察に捕まりそうになった隆太は別のヤクザに助けられ、ヤクザの子分(鉄砲玉)として働く事になる。しかしその後、ヤクザと手を切っている。
その後友子は、元の友人の雨森頑吉(あまもり がんきち、通称・クソ森)の住む集落で暮らす原爆で子供を失った男とその仲間たちに囚われた。男たちは、友子を「お姫さま」と慕った。元は、友子を奪い返そうと男たちと押し問答となる。友子はその後、栄養失調に加え原爆症が併発し、病院で診察した結果、「手おくれだ」と医者から宣告された。元は、治療費の10万円を稼ごうと、雨森と共に近所の原爆症で亡くなった人の家を訪ねて、読経を唱えるアルバイト(近所のお寺で読経を僧侶から教えてもらった)をするが、目標の金額には達しなかった。そんな中、原爆投下前に中岡家の近所に住んでいた朝鮮人の朴(ぼく)が元の前に現れ、朴は元に10万円とミルクを差し渡した。朴が持っていた大金とミルクは、闇市で稼いだ物だった。朴は元の父・大吉から世話になった(大吉が朴を差別しなかった)ことを忘れず、恩を返そうとしたのだった。家に帰った元は、昭から友子の死を知らされた。しかし、元は死を受け入れなかった。元は友子にミルクを飲ませようとしたが、友子の口元からミルクがあふれ出たところで友子の死を知った。友子の火葬の際、元は死んだ友子のために、読経を唱えて友子を天国へ送り出した。
友子の死後、丸ハゲだった元の頭に毛が生えた。その後、君江の体も原爆症に蝕まれ、浩二は君江を助ける為、九州地方の炭鉱に出稼ぎに行ったが、浩二は全く働かずに酒びたりの毎日だった。入院させようにも金がないため、どこの病院も断られてしまう。金を手に入れるため、隆太がヤクザの賭場荒らしをして大金を手に入れ、君江を入院させることができた。しかしヤクザの打山組の組長は怒り、隆太を逃がさないようにして、殺すよう、子分に命令する。逃げ道がないと知った元は警察へ行くよう説得して隆太は自首した。1950年、君江は、退院したが、そのとき4ヶ月の命だと医者が宣告する。元は、君江の思い出の場所、京都へ旅行させるため、ウンコ取りを始め(当時は肥料として人糞の需要が高かった)、京都旅行ができる金額に達した。そのころ浩二が九州から帰ってきたが、本人は家に入りづらかったので元は自分が稼いだ金を浩二が稼いだものということにして、京都旅行に出発。しかし君江は、原爆症に伴う胃ガンで死亡。火葬の際、君江の遺骨はほとんど残らなかった。元は隆太と、隆太の仲間の原爆孤児・勝子(かつこ)とムスビたちが暮らす家に住む事に。そして原爆投下直後に米を貰いにいった際に出会った英子そっくりの女性・大原夏江(おおはら なつえ)に再会し、洋裁店の設立を目指して奮闘する。
浩二は婚約者と広島市内のアパートで暮らすことになり、昭は繊維問屋の商人になるために大阪へ旅立った。瓦礫を集めて建てた家も、広島市の復興計画による道路拡張工事の為に、元と隆太の必死の抵抗も空しく取り壊される。中学生になった元は、父・大吉の遺志を継ごうと絵付け職人になることを決意、看板屋の仕事を手伝うようになった。一方、隆太は設立されたばかりの広島カープの応援に熱中する。しかし、夏江は盲腸で入院した後体調が芳しくなく、手術しても原爆症による白血球の減少で傷口が塞がらなかった。死期を悟った夏江は生きる希望を失っていくが、元に叱責され、隆太らに励まされる。しかし、それも束の間。夏江は直腸ガンと急性心臓マヒで亡くなる。
1953年、中学を卒業した元は、中尾光子(なかお みつこ)という名前の女子学生に一目惚れし、元は光子との交際を始めるが、光子は原爆による急性白血病で死亡。
元の仲間の一人、ムスビはあるきっかけで覚醒剤(ヒロポン)中毒となってしまう(1951年まで麻薬を取り締まる法律は無く、所持や使用は違法では無かった。また、薬局で堂々と販売しており、同時に中毒者も多かった)。麻薬中毒となったムスビは、麻薬を買うために申し訳無いと思いつつも皆で貯めたお金を使い果たしてしまう。その後、お金が無くなっても麻薬を欲しがるムスビに対し、麻薬の売人であるバー「マドンナ」の関係者が重傷を負わせた。その怪我がきっかけでムスビは死亡する。ムスビを麻薬中毒にして殺し、勝子と洋服店を開く為に必死で貯めてきた金を奪われた事が原因で、隆太は麻薬の売人であるバー「マドンナ」のマスターを拳銃で撃って殺害し、その女給にも手に重傷を負わせる。その後、ヤクザを2人殺害し、逃れられる為東京へと向かう貨物トラックで勝子と共に逃亡する。
1953年、ムスビの遺骨を自分の家の墓に納めた元は、その後、光子の父・重蔵や天野達に見送られ、未来に挑戦するために東京へ旅立つ。
テーマから戦争風刺漫画であるように捕らえる向きもあるようだが、むしろ全編が「怒り」に満ちていると言える。また単なる反戦漫画の範疇を超えた作品であるとの見方もある。
10巻の最後のページには、「第一部完」と書かれているが、「第二部」はまだ始まっていない。「第二部 東京編」は中沢氏も考えており、ネームを進めていたが、2000年に約30年前から患っていた糖尿病がもとで左目が見えにくくなり、その為に掲載開始の目処は立っていない。
中央公論新社発行の文庫版(全7巻)では、週刊少年ジャンプ掲載分を第一部、以降のシリーズを第二部に区切りしている。汐文社では愛蔵版を10巻まで発行している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%A0%E3%
81%97%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%B3
このニュースを見るまですっかり忘れてましたが。。。名作です。
子供の頃に見て、その恐ろしさを思い出しました。
ふむふむ。。。確かに世界に発信すべき作品です。
ただ原作の漫画はそのままで良いでしょうが、アニメで出すなら、現代の技術でリメイクしたほうが良いかも。。。
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