日本相撲協会は、昨年九州場所で優勝した横綱朝青龍(26)の“八百長疑惑”報道に関し、30日に朝青龍本人から直接事情を聴く。24日、明らかになった。同報道は週刊誌「週刊現代」が報じたもの。
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最強の現役横綱が、異例の事情聴取を受けることになった。日本相撲協会は、初場所で史上5人目、20度目の優勝を遂げた朝青龍の“八百長疑惑”報道について、本人から直接事情を聴く。
発端は、現在発売中の週刊現代が「横綱朝青龍の八百長を告発する」と題し、昨年九州場所で、朝青龍が八百長に関与したという報道だ。
協会では事実確認のために、同誌で疑惑が向けられた11人の関取に加え、朝青龍と師匠の高砂親方(元大関朝潮)から話を聞く方針を固め、すでに22日から、協会の監察委員長を務める友綱親方(元関脇魁輝)と伊勢ケ浜監察副委員長(元幕内和晃)に協会の弁護士が同席して聴取を進めてきた。
この日までに高砂親方と関脇以下の7人の関取の聴取は終了し、週明けの29日からは横綱本人、大関陣からも事情を聴く予定で、朝青龍は30日に呼ばれる。
友綱親方はこの日、「疑いがかけられないように、徹底的に調査するということ。これまで話を聴いた力士は、(八百長を)していないということだった。わたしも(八百長は)ないと思っている」と説明した。友綱親方は30日にすべての聴取を終えた後、北の湖理事長(元横綱)に報告する。25日に行われる協会の理事会でも議題にするという。事実関係を確認し、事実無根と判明すれば、出版社側(講談社)に対して、何らかの法的手段に訴えることも示唆した。
すでに北の湖理事長は横綱審議委員会(横審)が開かれた22日、記事で名前の挙がった力士から事情を聴く可能性を示し、「法的手段など何らかの行動を起こすとしたら、こちら側の準備が整ってからにしたい」としていた。横審の席上でも、高砂親方から「本人はないと言っている」と説明がなされた。
協会では平成12年4月にも、同じような週刊誌の八百長疑惑報道に関し、当時横綱だった曙ら18人の関取と2人の親方から、事情を聴取したことがある。今回は大きな区切りとなる20度目優勝の偉業を果たしたばかりの朝青龍が対象だけに、その言動が注目される。
■週刊現代の報道
22日に発売され、匿名の現役力士、高砂部屋関係者らの証言をもとに「横綱朝青龍の八百長を告発する」と題し、昨年九州場所での八百長を糾弾している。主な内容は、「朝青龍の15番中、真剣勝負は4番」、「1番の相場は80万円で、50〜100万円で星を買う」、さらには「モンゴル出身の現役幕下力士の関与」などが報じられている。
◆日本相撲協会・北の湖理事長
「(力士は)弁護士と話しているが、私からは今は何も話すことはない。法的手段に出る? 今は何も話さない」
★平成12年の八百長問題
元小結の板井圭介氏が、週刊誌上で八百長疑惑を暴露。平成12年1月、都内の日本外国特派員協会で講演し、横綱曙に40万円もらって八百長をしたと告発。ほかにも千代大海ら計18人の実名を上げた。協会は曙らから事情聴取する事態になったが、事実無根として協会、力士会が板井さんに抗議文を送った。
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200701/sp2007012501.html
相撲好きには申し訳ないが、相撲の八百長疑惑は昔からいわれてる話。この手の話は週刊ポストかと思いきや、今回は現代でした。
wikiの八百長のページには、こう書かれている。。。
大相撲
主な疑惑
1963年9月場所千秋楽:柏戸剛-大鵬幸喜
4場所連続休場中だった横綱・柏戸が勝って全勝優勝を決めたが、場所後当時人気作家だった石原慎太郎がスポーツ紙上の手記でこの一番を八百長として糾弾。日本相撲協会の告訴にまで発展したがのちに和解。
1972年3月場所12日目:前の山太郎-琴櫻傑將
同年1月場所を休場した大関・前の山は、角番の3月場所も苦戦、11日目を終わって5勝6敗だった。大関同士の琴桜との対戦で前の山が勝ったが、監察委員会より無気力相撲ではないかとの注意を受け、前の山は翌日から休場、大関から陥落した。
1995年11月場所千秋楽優勝決定戦:若乃花勝-貴乃花光司
史上初の兄弟力士での優勝決定戦になったが、前場所まで4連覇中だった横綱・貴乃花が四つに組んだ後これといった攻めもなく下手ひねりに敗れる。八百長とは言わないまでも、やはり勝負に徹しきれない心理もあったのではないか、という見方は当時から強かったが、貴乃花が引退後にこれをふりかえって「やりにくかった」と発言、八百長を認めたとの誤解を招いて再び問題化した。
2000年1月21日、日本外国特派員協会での講演:板井圭介
元小結・板井圭介が現役時代の八百長を認め、八百長にかかわった横綱・曙太郎以下20名の力士の実名を公表した。協会は板井に謝罪を求める書面を送付したが、最終的に「板井発言に信憑性はなく、八百長は存在しない。しかし板井氏を告訴もしない。」という形でこの問題を決着させた。
諸事情
大相撲における八百長行為の歴史は深く、神事や占いとしての相撲では、「独り相撲」(力士は一人で土俵に立ち神と取り組む仕草をする。神の機嫌を取るため、わざと転がって負ける)や、凶作不漁の見込まれる土地の力士に勝ちを譲ることも普通に行われていた。江戸時代の木戸銭を取っての興行でも、力士の多くが大名のお抱えだったせいもあり、力士当人や主君の面子を傷つけないための星の譲り合いや、四つに組み合って動かず引き分けたり、物言いの末の預りの裁定なども多かった。
観客としては、大名の意地の張り合いによる八百長相撲には腹に据えかねていたが、落語の「谷風の人情相撲」など、美談としての片八百長、いわゆる「人情相撲」には寛容だった様だ。
これらが罪悪視されるようになるのは、明治に入って近代スポーツの精神が輸入されてからのことになる。昭和以降でも、玉錦が八百長を断った話が逆に美談になったり、「あれは八百長だった」とカミングアウトする力士もあるなど、その根は深い。
大相撲の八百長疑惑では、1980年から週刊ポストが元十両・四季の花範雄の八百長告発手記を初めて公開し、その後も元力士や元角界関係者による告発シリーズを約20年にわたり掲載した。中でも1996年に部屋持ち親方としては初めて11代大鳴戸(元関脇・高鐵山孝之進)の菅孝之進と元大鳴戸部屋後援会副会長の橋本成一郎が行った14回にわたる告発手記は、八百長問題・年寄株問題・暴力団との関わり・角界の乱れた女性関係などを〈暴露〉し、大きなインパクトを与えた。
この時は、協会が告訴する事態にまで発展した。それを纏めた11代大鳴戸親方の著作として、『八百長―相撲協会一刀両断』(1996年、ラインブックス)が出版された。しかし、この著書の発売直前に、告発者の菅孝之進と橋本成一郎が「同日・同時刻・同じ病院・同じ病気」で急死した。事件性も疑われたが、結局は病死ということで処理された。いまでも謎の残る「怪死」だと告発者を支持する側は主張している。
その4年後の2000年、11代大鳴戸親方の弟子だった板井圭介(元小結・板井圭介)が外国人記者クラブで、大相撲の八百長問題を語った。それまでも、週刊ポストで元力士らの証言は繰り返されていたが、元三役力士からの証言はこの時が初でしかも記者会見で当時の現役力士の実名を挙げての暴露だったこともあり、角界だけではなく世間一般にも大きな衝撃を与えた。その後板井は、『中盆―私が見続けた国技・大相撲の“深奥”』(2000年、小学館)を出版した。ここでは、中盆(板井の主張する角界隠語で、八百長を取り仕切る仲介・工作人の意)として君臨した板井の証言が著されている。菅孝之進の告発本との共通点も多く見られ、角界の八百長問題を語った著書としては信頼性の高い著書であると考えるものもいる。
板井と菅の主張
この師弟の主張は、おおむね次のようなものである。
『大相撲の八百長は完全にシステム化されており、大きく分けて星の「買取」と「貸し借り」の2つに分けられる。買取は主に常に好成績を求められる横綱・大関などが地位を守る為に使用する。貸し借りは三役以下の平幕力士同士が勝ち越すためや、十両に落ちないようにするための手段として使用する方法である。横綱・大関の買取は70万〜100万円くらいが通常の相場であり、貸し借りは先に対戦相手に頼むほうが40万円を支払うということになっている。横綱大関同士などの優勝が懸かった一番や、大関、横綱昇進の懸かった取組みなどでは相場はもっと上がり、200万〜300万にもなることもあるという。あと、部屋の親方が所属力士のために八百長工作に動く場合もある。八百長の代金の清算は場所後の巡業などで付け人が関取の意をうけて行うのが通例。
力士はおおよそ、八百長力士(注射力士ともいう)と非八百長力士(ガチンコ力士ともいう)に判別される。大相撲の八百長は、実力に裏付けされていなければ、この八百長力士のグループには組み入れてもらえず、やはり真剣勝負(ガチンコ)で勝つ力が無ければ地位は保つことはできないとされている。横綱・大関にしても、「この横綱・大関とガチンコで勝負しても勝てない。だったら星を売ってカネにしたほうがいい」と思わせる実力が無ければ地位は保てないとされている。関脇までは、ガチンコ力士でも、やはり横綱・大関に上がると地位に見合った成績を上げなければいけないプレッシャーからか、八百長に手を染めてしまう力士もいる。大相撲では、どんな強い力士でも取りこぼしといものが存在し、とくに負ける事がニュースになってしまう横綱・大関はより確実に勝利を重ねるために八百長で白星を保障しておくという意味合いが強く、横綱・千代の富士などはその典型だったと言われている。そうすることによって強い横綱に取りこぼしが無くなりより一層確実に好成績をあげれると言うわけである。平幕力士の場合は横綱・大関陣との対戦が多い、上位(三役〜前頭5枚目)で星を売ったり、貸したりして番付が下がった翌場所に平幕下位(6枚目以下)で貸している星を返してもらい勝ち越して幕内力士としての地位を保つをいう手段が多くみられた。ただし、これもガチンコでしっかり何番か勝てる力がなければ勝ち越すことはできない。ガチンコで何番か勝つ実力が無ければ、例え八百長をしていても勝ち越すことはできず地位を下げていく事になってしまう。
ただし、最近の角界は15年〜20年前の千代の富士全盛時代ほど八百長の横行は減ったと言われている。それには生涯ガチンコを貫いて22回の優勝を果たした横綱・貴乃花(現貴乃花親方)の影響が大きいと言われている。最近、兄弟の確執問題で話題になった平成7年九州場所千秋楽の優勝決定戦、若乃花−貴乃花戦が八百長だったのかという議論は八百長ではなく、貴乃花親方が「やりにくかった」と回顧しているように「無気力相撲」の類に当るだろう。あの一番においてはあまりにも貴乃花のほうに「やりにくさ」「力が入っていない」というのがミエミエであり、八百長相撲の取組みというものは、一般のファンなどの素人にはわかりにくいようにする為に「熱戦」に見せかけるものであるために、ああいった一番は八百長とは言わないのである。無気力相撲と八百長相撲は意味合いが全く異なり、ガチンコ力士であっても自らの調子が悪かったり、相手に対して手心があったり、様々な状況からやりにくさがあれば無気力相撲になることもありえる。八百長相撲というのは金銭のやり取りから、あらかじめ予定調和された一番のことを意味する。こうした角界の八百長のシステム化は昭和30年代の初めから行われ始め、40年代に確立した』
日本相撲協会は週刊ポストが国民栄誉賞まで受賞している横綱・千代の富士らなどの実名をあげての告発が20年に渡ったにも関わらず、告訴は1度しかしておらず、それも元大鳴戸親方の手記の一部分を告訴するという特殊な方法でしか告訴していない(後に不起訴)。また板井の記者会見や手記に関しても何ら法的手段に訴えておらず、そこをとらえて〈角界に八百長が存在している〉ということは事実だと考える者もいる。
ただし好角家の中には、相撲は本来、五穀豊穣を願う儀式が起源になっており、歌舞伎や能楽と同じように伝統芸能でもあり、他のプロスポーツなどとは違ったものである故、八百長は角界の必要悪でもあるという意見もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%99%BE%E9%95%B7
もちろんwikiだから、全てを鵜呑みするわけにもいかないだろうが。。。
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読み終わったところです。 ここまで書いて良いの?
って感じでしたが”あの”怪死を考えたら「当然」!
となってしまうのでしょうか・・・。
一相撲ファンとしては非常に残念です。