神奈川県警暴力団対策課は11日、人気バンド「サザンオールスターズ」の元ギタリストで、ミュージシャン大森隆志容疑者(49)(横浜市中区打越)を覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の現行犯で逮捕した。
調べによると、大森容疑者は同日午後、自宅の寝室に覚せい剤約10グラムと乾燥大麻約40グラムを隠し持っていた。同課は数か月前から、内偵捜査を行い、同日、同区内の事務所と自宅を捜索した。
調べに対し、大森容疑者は「自分で使うために持っていた。誰から買ったかは、言いたくない」と供述しているといい、同課で入手経路を調べる。
大森容疑者は、サザンオールスターズ時代、「ター坊」の愛称でファンに親しまれていた。2001年に脱退後は、バンドを結成しアルバムを出したり、ソロミュージシャンとしてライブハウスを中心に音楽活動をしたりしていた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060512i301.htm
大森 隆志(おおもり たかし、1956年12月12日−)
は歌手(ギタリスト)。宮崎県出身。宮崎大宮高校卒業。青山学院大学経済学部中退。
青山学院大学在学中に結成したバンドが有名になり、その後、サザンオールスターズとして『勝手にシンドバッド』でデビュー。尚、桑田佳祐は「デビューのきっかけをつくったのは大森」と大森が独立した後も含め何度も言っていた。サザンではリードギターを担当。
23年間にわたる活動の後、2001年8月、サザンから独立、ソロ・アーティストとなる。その理由については公には大森個人のソロ活動に集中するためであるとされているが、大森自身が熱心な創価学会の会員であることが問題になったのではないかと言われている。愛称は「ター坊」。サザン時代は「イェーイ、ノッてるかーい!」のMCがお馴染みだった。また、空手の有段者でもある。
また、桑田が大森をサザンに誘い加入させた理由として、「自分よりギターが下手だったから」と語っているが、これがジョークか本音かは定かではない。
1980年
サザンのシングル「いなせなロコモーション」c/wの「LOVE SICK CHICKEN」で初のメインボーカル曲を発表(サザンオールスターズ名義)。
1982年
1stソロアルバム『真夜中のギターボーイ』発表。
渋谷、京都、神戸、大阪にてライブハウスツアー。
1986年
135のデビューシングル「0%麗人」を作曲・プロデュース。c/wの「SOLDIER」も作曲。
自己ユニットTABO'S PROJECT結成。同年1stソロシングル「DANCE AWAY (ひとりぼっちにサヨナラ)/TRUTH」、1stソロアルバム『EYES OF A CHILD』発表。
原宿 ラフォーレ・ミュージアムにて同CD発売記念ライブを2日間に渡り行う。結局このプロジェクトはこの2枚のみ発表し解散。
中村雅俊に楽曲「風が踊る午後に」を提供。
1988年
日清パワーステーションのオープニングをプロデュース。
1989年
アニメアルバム『ここはグリーン・ウッド』に収録された「グリーウッドカーニバル」のうち、「汝の日常を愛せよ」を作曲。
1990年
永田真代のアルバム『JUST ME』収録曲「水の惑星」を作曲。
ビクターエンタテインメントの企画作品、『スノー・バードホテル』のプロデュースに参加。収録曲『SILENT MORNING』を作曲。
原田知世のアルバム『BLUE IN BLUE』プロデュース。そのうち「SILENCE BLUE」「白い朝」「蒼い夢」を作曲。
1991年
BOROのアルバム『薔薇と女』で、タイトル曲「薔薇の女」を作曲。
原田知世のアルバム『彩』を再びプロデユース。「1BREEZE」を作曲。
ラングラーTVのCMソングを製作。
浅香唯のアルバム『硝子の都』収録曲、「宇宙への手紙」「サイクリングガール」を作曲。さらにアルバム『STAY』をプロデュース、収録曲「友情」「リズム・オブ・ユニヴァース」を作曲。シングル曲「愛しい人と眠りたい」の作曲も担当する。
1993年〜1995年まで約2年間にわたり、ラジオ番組『NICOS 3O’CLOCK JUMP』(FM神戸)のパーソナリティを務める。
1994年・雪村いづみに楽曲「窓辺の天使」を提供。
松田弘 Sound Produce 岡本綾子の作品『SWINGS』収録曲のうち、4曲にギタリストとしてで参加。
2000年
サザンのシングル「この青い空、みどり〜BLUE IN GREEN〜」を最後に活動を休止。なお、このシングルには参加。
2001年
8月
サザンの公式サイトにて、正式にサザンオールスターズからの独立を発表。
9月
公式ホームページ『omoritakashi.com.』を開設・運営。
10月
ラジオ番組『大森隆志、年中無休、海の家イェーィ!!』が宮崎放送、福岡RKB毎日放送、岐阜放送、北陸放送、福井放送の5局ネットで放送開始。企画・製作・パーソナリティを務める。
2002年
渋谷A-X ハプニングス・フォーのライブにゲスト出演。
2003年
1月
渋谷A-X 大阪 バナナ・ホールにて独立後初のライブ開催。
シングル「遠い夏/熱いくちづけ」リリース。
自身専用レーベル“guitar-boy”設立。
3月
BS朝日『原宿ロンチャーズ通り』で出演者にギター指導協力。
5月
活動視野を広げるために渡米。難波正司がプロデュースする新人女性歌手、チェルシーのCDリリースに編曲とギターで参加。曲目は「イマジン」、「ホテル・カリフォルニア」など。
7月
横浜を皮切りにライブハウスツアーを行なう。
神奈川、大阪、広島、宮崎、千葉、東京の6ヶ所のライブハウスでアコースティック・ライブ及びプロ活動25周年記念ライブ開催。
8月
再び渡米。難波正司のCDリリースに再び協力、参加。滞在中はかつて親交を持った現地アーティストたちとの旧交をあたためる。
9月
京都、名古屋のライブハウスにゲスト出演。
11月
元ゴダイゴのギタリスト、浅野孝巳の率いるT.A.G.C.のライブにゲスト出演
12月
横浜、横須賀の2ヶ所のライブハウスにゲスト出演。
浅野孝巳とユニット結成を発表。
2004年
T.A.G.C. with OAとして横浜、東京を中心に活動。
2005年
インストゥルメンタルアルバム『Song For You』をリリース。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E9%9A%86%E5%BF%97
また昨日は元ドリカム、西川隆宏に実刑が言い渡されてました。
元ドリカム西川被告、懲役1年6月
覚せい剤取締法違反(使用、所持)の罪に問われた元ドリームズ・カム・トゥルーのメンバー西川隆宏被告(41)が11日、東京地裁で懲役1年6月(求刑同2年)の判決を言い渡された。代理人によると、西川被告は実刑を覚悟していたといい、このまま確定する可能性が高い。西川被告は黒系スーツで入廷したが、こけたほおが目立った。弁護側は、親族が監督責任を誓う上申書を提出し、被告が薬物撲滅運動に参加する意向が強いことを訴えて情状酌量を求めた。しかし、宮田祥次裁判官は、02年にも覚せい剤使用で懲役1年6月(執行猶予3年)の判決を受けていることから「薬物への親和性、依存性はいまだ強固」とし、3度も主文を読み上げて猶予を認めなかった。代理人は、出所後は更生施設に3カ月入り、講演活動などで薬物撲滅運動を展開する予定とし、西川被告が「いずれ音楽活動も再開したい」と話していたことも明らかにした。
http://www.nikkansports.com/
entertainment/f-et-tp0-20060512-30742.html
有名なバンドを抜けると、覚せい剤に手を出してしまうのか?
そんな悪しき慣例は作ってもらいたくないな。
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