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2006年04月12日

トヨタ 「セリカ」生産打ち切りへ

「セリカ」生産打ち切りへ

トヨタのスポーツカー 70年代に一躍脚光

 トヨタ自動車は、1970年代に団塊世代の若者たちの人気を集めたスポーツカー「セリカ」の生産・販売を近く打ち切る。トヨタを代表するスポーツカーの花形的存在として一世を風靡(ふうび)したが、近年は販売が低迷していた。ライバル車だった日産自動車「シルビア」やマツダ「RX―7」なども販売中止になっており、往年のスポーツカーがまた一台姿を消す。

 初代セリカは70年12月の発売。日産「スカイライン」とともに若者の人気車種となり、自動車レースの「世界ラリー選手権」(WRC)にも参戦した。99年発売の現行モデルは7代目。累計で約86万5000台を販売した。

 国内販売はピークの73年に約8万5000台だったが、05年には約1600台まで減少。71年に投入した米国では05年に販売を中止した。国内では最近、ミニバンや小型車の人気で、「若者向けのスポーツカーは厳しい状況が続いていた」(系列販売店)。

 また、トヨタは91年発売のセダン「ウィンダム」も今春で国内販売を打ち切った。米国など海外では高級車ブランド「レクサス」シリーズの「ES」として販売を続ける。

http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/060412_5.htm


A20系(1970年-1977年)

フォード・マスタングのヒットに倣って、1970年12月にデビューした量産車としては日本初のスペシャリティカー(これまでにもスペシャリティカーとして、プリンス・スカイラインスポーツやシルビアが存在したが、大変高価だった)。ヤマハ製の名機2T-G型エンジンを積んだ最上級モデルの1600GTを除いては特定のグレードを持たず、それぞれ3種のエンジン・トランスミッション・外装と、8種の内装をユーザーの好みによって組み合わせる"フルチョイス・システム"の導入が話題を呼んだ。キャッチコピーは「恋はセリカで」。CMソングは小林亜星の作曲である。

1973年4月にはテールゲートを備えたLB(リフトバック)が登場している。モデル末期の1977年には特別仕様車として、「ブラックセリカ」も登場した。

WRC(Group 2)には最高出力を135psまで上げたTA22型で参戦(1972年-1973年)、RACラリー9位。1976年からはRA20型をベースにした車両(エンジンは独シュニッツァー社が製作、18R-Gを1968ccにボアアップ、最高出力200ps)に変更、1978年まで戦う。

A40系(1977年-1981年)

1977年8月、2代目にフルモデルチェンジ。先代と同じくカリーナと共通のフロアユニットに2ドアクーペ、あるいは3ドアのリフトバックボディを架装するが、先代がいずれもセンターピラーのないハードトップだったのに対し、新型は双方ともピラーを備える。1978年3月には、LBにサンルーフ付きを加え、翌4月には米国市場における対フェアレディZを主眼にした上級モデルのセリカXXが登場する。

広告でのキャッチコピーである「名ばかりのGT達は道をあける」は、当時のライバルであった車(恐らくスカイライン)がSOHCエンジンで「GT」を名乗っていた事に対してのきつい回答である。

WRC(Group 4)には1978年の1000湖ラリーからRA40型(最高出力230ps)が参戦する。1981年にはアイボリーコーストラリーにて最高位の準優勝を飾る。なお、1979年のRACラリーからDOHC4バルブのエンジン使用が許可されたため、ベース車両はRA63型に移行する。

A60系(1981年-1985年)

1981年7月にモデルチェンジした3代目は、より一層スペシャルティーカーの要素を強めて登場した。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズも含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディは先代同様にLB(リフトバック)とクーペの2種類。1982年にはWRC(Group B)ホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。

1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを大排気量化した4T-GTEUをさらに2090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃える Group B 時代のサファリラリーで三連覇を飾った。

ST/AT160系(1985年-1989年)

1985年8月、4代目にモデルチェンジし前輪駆動への大変革となった。FFコロナ/カリーナのフロアパンをベースにしているため、セリカにはコロナクーペとカリーナEDという兄弟車も生まれた。スタイリングは、トヨタで流面系と呼ぶラインを採用。キャッチコピーは「流面系・発見さる」で、風紋がくっきり出た砂漠にセリカが置かれ、バックにプッチーニ作曲の「蝶々夫人」が流れる。1986年にはトヨタ初のフルタイム4WDである排気量2000ccのGT-FOUR(ST165型)が満を持して登場した。

WRCではGroup Bが廃止された後、1987年にトヨタチームヨーロッパ(TTE)はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。キャッチコピーは「流面系・極まる」で、テレビCMはレッドマイカ色のセリカが疾走するサイドボディーが映る内容となっている。TTEはGroup Aで勝つために5000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとしX-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。

4A-GE型エンジンを搭載した廉価版も用意されていた。

映画「私をスキーに連れてって」でスキー場をGT-FOURが走る1シーンがある。

ST180系(1989年-1993年)

1989年9月、フルタイム4WDを擁するセリカは5代目にモデルチェンジ。シャーシは先代をベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。キャッチコピーは「WANTED・NEW CELICA」。1990年にはラインナップの追加として先代同様、輸出仕様車のみの設定のクーペボディを米国ASC社によって改造されたコンバーチブル、GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーによりワイドボディ化されたGT-FOUR A(アドバンス)が登場した。

1991年8月には、コンビランプや細部の意匠および、サイド・ドア・ビームなどの安全性や、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。また、これによりGT-FOURは全車ワイドボディ(3ナンバー)となり、A(アドバンス)はラインナップより消滅した。そして同年9月には、ST18#系の最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルであるGT-Four RC(ST185型)が発表された。RCとはラリー・コンペティションの略である。生産台数はグループA規定の5000台で、日本国内にはそのうち1800台が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。

空冷インタークーラーとセラミックタービンを搭載したST185型は1989年に登場していたが、ST185型のWRCへの参戦は水冷インタークーラーとメタルタービンを搭載し、ワイドボディ化とブレーキサイズ拡大によりタイヤ選択と制動力を高めたGT-Four RCがベースとなる1992年からである。そして1993年には、ついに宿敵ランチア・デルタ・インテグラーレを倒し、トヨタは初めてWRCのメイクスとドライバーズの両方のタイトルを掌中に収めた。

ST200系(1993年-1999年)

1993年10月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化されている。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。"WRC仕様車"という、国内限定2100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。

1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが車両の開発状況が思わしくなく、オーストラリアでのデビューとなる。また、1995年にはターボリストリクターのレギュレーション変更が行われたため大型化したボディをパワーでカバーしていたST205型は苦戦を強いられた。そして最大の災難は、カタルニアでのリストリクター違反発覚である。これが基でWRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。

ZZT230系(1999年-2006年)

1999年10月にフルモデルチェンジ。トヨタアメリカのデザインチーム「CALTY」がデザインを手がけた、つり目が特徴。新設計のZZT系エンジンは先代から200ccスケールダウンした1800ccとなるも、トップグレードSS-IIが搭載する2ZZ-GE型エンジンは断続可変タイミング&リフトバルブ機構(VVTL-i)を備え、190馬力を出力する。

GT-FOURのグレードが廃止され、カローラレビン/スプリンタートレノとの統合が図られたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60??90kgの軽量化を果たしている。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-IIではそれほど値が下がらず同グレードのSS-IIスーパーストラットはZZT系の方が幾分か高くなっている(消費税抜き)。SS-Iのみ大幅に10万程下がっている。(GT-FOURとSS-IIIは当モデルでは存在しないので比較対照にはしていない)

ボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらずベースプラットフォームにビスタの4WD仕様を採用することでリア・サスペンション形式がダブルウィッシュボーンとなっている。

折からのクーペ不振の煽りを受け2006年3月をもって生産終了。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/
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zaraが唯一乗ったトヨタ車セリカ。
1970年代団塊世代の若者たちでは決してないけど、
あの頃は十分人気があったよ。

時代は流れていくのか。。。like a rollingstone







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posted by zara at 21:55| Comment(0) | TrackBack(3) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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トヨタ・セリカが生産打ち切りへ
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