「ガセネタ」とまで批判されたライブドア前社長の堀江貴文被告(33)の「送金指示メール」問題。メールの存在を指摘した民主党の永田寿康議員(36)が突如、議員辞職の意向を示し、同党に23日、激震が走った。
前原代表ら執行部は国会内の控室で協議を重ね、党本部にも抗議電話が殺到。同僚議員も、いらだちを隠せない様子だった。
民主党の野田佳彦国会対策委員長が、午前10時から国会内で会見を予定していたため、100人近い報道陣が詰めかけたが、野田国対委員長が姿を見せたのは2時間近くたった午前11時50分ごろ。永田議員の進退問題について、「昨日、話を聞いた」と厳しい表情で永田議員が辞職の意向を示していることを認めた。また、鳩山由紀夫幹事長は「メールの真偽について(本物だと)補強する材料がそろっていない事態を深刻に考えている」と述べた。
同党議員の一人は「メールの真偽に焦点がぼやかされている。本来なら金の流れがあるかどうか調べれば分かることなのに」と不満そうだった。
永田議員が16日の衆院予算委員会で、堀江被告が自民党の武部幹事長の二男への送金を電子メールで指示したと指摘した際、民主党内でも事前に把握していたのは前原代表、野田国対委員長ら一部の幹部だけ。党内では、前原代表らの責任に言及する声も出ていた。
東京・永田町の民主党本部にはこの日朝から、「民主党はうそつき」「22日の党首討論にはがっかりした」などの電話がひっきりなしにかかり、最も電話が多い選挙期間中と同じぐらいあったという。
一方、国会の「爆弾男」として知られた元衆院議員の楢崎弥之助さん(85)は、今回の事態を「大変残念」と語った。
◆「民主が間違いで自民が正しいという風潮になるのは避けるべき」◆
楢崎さんは、2000年6月に永田議員が初当選した際、祝賀の席で、永田議員から「私も国会で爆弾質問をしたい」と話しかけられたことが忘れられない。
「そんな生やさしいものじゃない。十分に裏を取らないと自分がやられるぞ、と忠告したのだが……」と楢崎さん。今回の質問についても「ネタ元を『場合によっては表に出てもらう』と説得し、質問に臨まなければならなかったのに、あまりに幼稚。騒ぎになることは想定できた。執行部が若い永田君を指導しなければならなかった」と話した。
また、ジャーナリストの櫻井よしこさんは、「永田議員のやる気は分かるが、民主党はこのメールのあやふやさを分かっていたはず。それでも強気に徹した前原代表の政治手法は未熟と言わざるを得ない。ただ、この問題は、武部幹事長らが堀江被告を選挙で公認並みの応援をしたことへの批判でもあった。一連の騒動で、民主が間違いで自民が正しいという風潮になることは避けるべきだ」と語った。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060223it05.htm?from=top
楢崎弥之助氏、懐かしいお名前です。まだお元気なんですね。
検索したら、こんなニュースが。。。
特集WORLD:この国はどこへ行こうとしているのか????楢崎弥之助さん
◇老いてなお「爆弾」魂????元社民連書記長・楢崎弥之助さん、永田町を離れても
◇いまの時代、義と情がない 民主党は小泉内閣を総辞職に追い込む気迫持て
ひゃっひゃっひゃっひゃっ。
そんな笑い声が、耳に響いてきた。わっはっはっ、でも、あっはっはっ、でもない。いたずら坊主そのもの。元衆院議員の楢崎弥之助さん、ご存じ「国会の爆弾男」は、おん年85歳を迎えておられた。
あれは大学浪人中の88年。リクルート事件で、政府追及の急先ぽうだった楢崎さんの議員宿舎に当時のリクルートの社長室長が訪れ、現金を手渡そうとしたところを隠し撮りした映像がテレビニュースで流れたのだった。その手法は論議を呼んだが、体当たりの政府批判、常に舌ぽう鋭く、怒りを隠さない姿がいまもまぶたに焼き付いている。
あの「爆弾男」が好々爺(こうこうや)然として、愉快そうに笑っている。
ここは福岡市東区。早朝からの雪がようやく、雨へと変わっていた。博多の中心から車で30分ほどの住宅街の一軒家。居間に飾られた写真が歴史を物語る。旧帝国海軍のりりしい軍服姿、原潜入港反対で機動隊ともみ合う鉢巻き姿、かと思えば、勲一等旭日大綬章を胸に輝かせた晴れ姿……。被差別部落の「解放の父」、北朝鮮の「建国の父」の写真まで並ぶ。で、冷蔵庫には博多名物、明太子とふぐ刺しがしまわれ、「今夜はこれで一杯やろうと思って」。
●ロッキード
今年は日本の政界を揺るがせた戦後最大の疑獄、ロッキード事件の発覚から30年になる。むろん、楢崎さんも国会を舞台に大いに活躍した。
「ああ、事件の関係者はみんな鬼籍に入ったね」
そう言って、なにやらニヤニヤと思い出すように右手の人さし指と親指で、真ん丸い輪をつくった。カネだというではないか。事件にからんで、田中角栄内閣の外相を務めた大平正芳氏の衆院予算委への証人喚問を要求したそうだ。「大平派幹部が100万円はあろうか、札束持ってきた。封筒にもいれん。あんたもオレの性質知っとろうが、と断ったが。しつこいんだよ」
そんなひとこまが……。昭和史の闇に葬られた真実が掘り起こされそうな気がして、どきどきしてくる。でも楢崎さん、続けて愛きょうたっぷり。こんなふうにとぼけておっしゃるから、困ったもの。
「本当はね、極秘文書なんか持たん時もあったです。それを堂々とあるような顔して、資料を出せ!と。すると向こうは『あいつのことだから隠し持っているに違いない。後でばれたら、まずい』と。そいで、どんどん資料がストックされていくんですな。もちろん情報の出所は絶対に守る。もらった情報は必ず役に立てる。これが秘けつです」
ロ事件は田中元首相の闇金脈の一環と最初に指摘したのはオレだった????。そう胸を張りながらも、さらに続けたのは意外なお言葉。
「ある点では評価している。彼は首相になったとき、国会議事堂の食堂のおばちゃんにまで、祝儀を配った。金があるからなんだろうが、やはり苦労した人だった。国民の下の生活が分かっているんだなあ。いまの若い議員たち、目が届く? 心はあったよね」
一気にまくしたてた楢崎さんだけれど、ふと、真顔になった。「自分で思うんですよ。どうして、こう長生きしたのかなあと。同じこと、何べんも言ったらゴメンネ」。見れば、すっかり白くなった髪の毛、ひとまわり小さくなった体。穏やかに語りだす。
「あのね、ちょっと右足が悪くてね。びりびりくる。右視床出血になったとです。脳出血の一種ですな。昨年の9月、忘れもしない23日だ。ベッドで動けなくなってね。10月いっぱい入院したんです」
いまもほぼ毎日、リハビリのために通院している。85年に当時62歳だった妻の安代さんを亡くし、1人暮らしが続く。買い物はもっぱら近くのコンビニとか。朝はパンと牛乳、昼と晩は、いわゆるコンビニ弁当が多い。「お金ないからね」とは本人の弁。
「でねえ、退院後の11月30日には議員時代に秘書をしてくれていた妹が亡くなったんです。だから2人の息子を除けば、身内がいなくなった。悲しみよりも、寂しさやね。思い出すんだ。オレ、ほとんど家を顧みなかった。カミさんは苦労したと思うな。夫婦で温泉に行っているテレビの旅番組なんかを見ると……」
●明太子
選挙制度が小選挙区に移行した96年に正式に永田町から引退、すでに10年になる。後事は長男の欣弥さん(前民主党衆院議員、現在は浪人中)に託した。それでも、根っからの政治好きの血が騒ぐ。中洲で明太子をさかなに飲んでばかりはいられない。日本の行く末が気になって、2カ月に1度は上京しておられる。
つい先だっても、後輩の江田五月さん(民主党参院議員)らととことん飲んだらしい。さかなはズバリ、前原誠司代表率いる民主党のていたらく。「民主党は何をしているのかとみなで怒ったんだ。質問攻めにあって、五月はたまらず、ぐーっと酒を飲みほしていた」。その翌日はこれも後輩の菅直人さん(民主党衆院議員)を議員会館に訪ねた。
「おい! 新党を結成しろ! 前原に三くだり半をたたきつけろとね。前原はひどい。自民党の河野洋平よりも右だよ。民主党は右傾化してる。何のための野党か」
驚くべき行動力、でもこれだけじゃない。楢崎さん、その足で、衆院副議長の横路孝弘さんのもとへも苦言を呈しにいったとか。おそれいる。病み上がりにしてこれだもの。「腹立っていることはいいことじゃないですか」。いささか、すごみのある笑みが浮かんできた。人さし指をぐっと突きだして。
「ずいぶん我慢しとったが、前原が代表になって言いたくなった。いまの時代、『義と情』がない。米国産牛肉にライブドア、耐震偽装、官製談合……。4点セットですか。それでも、内閣不信任案をたたきつけるぐらいの野党がおらんのですよ。もう、オレの時代ならば考えられんな。政治のなんたるかを知らん。幼稚園だ。小泉内閣を総辞職に追い込むくらい気迫をもってやりきらんちゅうのは」
●「遺言」
「遺言」????。これまでの半生をしみじみ語った、地元ブロック紙の連載をまとめた近著の題名である。「本当は『命ひとすじ』という題やったんですよ。新聞社がつけてきたんですが、まあ、老い先短いからいいわいと」。ははははは、と。これは苦笑いである。
波乱万丈の人生、やり残したことはない。だが、黙ってもいない。まだまだ声を大にして、言い続けていきたいことはある。改正ムード漂う憲法問題だ。
「特に前文と9条は守らなければならん。ちまたの改憲論者は戦争を知らんですよ。中曽根(康弘・元首相)にしてからも。彼は海軍といっても主計科。備品調達などが仕事で、兵科じゃない。オレや田ちゃん(英夫・社民党参院議員)は特攻隊だった。亡くなった安倍晋太郎(元外相)もね。でも、息子はなあ」
「大勲位」も、首相候補の自民党の「プリンス」にも辛らつな言葉を容赦なく浴びせかける。でも、世の中の動きは改憲へとまっしぐらのようですが。すると楢崎さん、ふいに声を落として言った。
「小泉がいなければ何とかなるよ。だから万一、9月に辞めなかったら、オレ、記者会見を開こうと思ってる。あんただけに話す。それは……」
ふふふふふ、笑い声が、「爆弾男」の不敵なそれに変わった。えっ、なにかスキャンダルでもにぎっておられる?
「向こうは否定するでしょうけどな。小泉がやめれば発表はしないつもりです。関係者にご迷惑をかけることにもなるしね。まあ、この年になって、無理に恨まれることもないから」
こりゃ、「遺言」どころか、まだまだ「時限爆弾」を仕込んでおられたか。失礼しました。でも、そんなことちらつかされて一番弱いのが新聞記者。人をそらさない手腕はさすが。「ほか、楽しみなかもん」。ひゃっひゃっひゃっ。笑い声がこだました。
時計を見やれば、とっくに3時間がすぎていた。外の雨も上がり、肌寒さも感じない。いや、むしろ、祇園山笠ならぬ永田町での“まつりごと”に打ち込んできた博多男の情熱が、こちらにも伝染したようだ。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060217dde012040002000c.html
こういう「うるさがた」の政治家が、今はあんまりいらっしゃらないからなぁ。
現役の頃は「お前は政治家か?それとも雑誌記者か?」とも思ってましたが。。。
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戦争の本質は「体験」だけでなく「思索」でも把握する必要がある。
楢崎氏、やっぱり勘違いしてますね。
逆に言えば「河野洋平はひどい。野党の党首よりも左だよ。」
ということ。まあここで河野洋平を引き合いに出すあたり
諧謔で言われているのだとは思いますが。
良くも悪くもこういう人が老兵として消えていく現状は
中韓への対応が象徴するように「時代が変わった」のでしょう。
煬帝さんは改憲賛成派ですか。
zaraはジジイだから、どっちだろう?
改正の内容によるかな。
>中韓への対応が象徴するように「時代が変わった」のでしょう。
そうですねぇ。その点に関しては、この年代の政治家は
A級戦犯かもしれませんね。
楢崎弥之助氏の記事、どうされているのだろうと
思っていたので、懐かしく興味深く読ませて頂きました。
この記事にも出て来た田英夫氏、江田五月氏、菅直人氏
などはみんな社民連のメンバーだったと思いますが。
何か社民連って小さいけれど、政治の偏差値が高い党だな??
というイメージがありました。
そういう政党がまた出現して欲しいです。
<民主党がそうなれれば、一番いいのでしょうが。>
いつもTBだけで失礼しています。
>民主党がそうなれれば、一番いいのでしょうが。
まさに同感。これほどの巨大与党が誕生してしまったからには、
それを制御できるような、すぐれた野党が必要です。
そのためにも、民主党にはしっかりしてもらわないと。。。