◆ 脅迫文が郵送された件で浮上、本人否定も筆跡ソックリ ◆
漫才コンビ「中田カウス・ボタン」の中田カウス(59)の自宅に今年4月に脅迫文が郵送された件で、同じ吉本興業に所属する漫才コンビ「コメディNo.1」の前田五郎(67)が捜査線上に浮上していることが23日、分かった。関係者によると、吉本側はすでに筆跡鑑定の結果などを大阪府警南警察署に提出。近日中にも事情聴取される可能性が高まった。前田本人は否定しているものの、活動停止処分も決定。南署では今年1月のカウス襲撃など一連の脅迫事件への関与も含め捜査を進めている。
◆ カウス脅迫事件の経緯 ◆
▼1月9日 午後8時45分頃、大阪・ミナミの路上で、乗用車の助手席に乗ったカウスを原付に乗った男が金属バットで襲撃。窓ガラスが割られ、カウスは顔や腰に2週間のケガを負った。NGKでの出番を終えて帰宅途中だった。
▼1月10日 NGKに「今後もカウスを出演させるなら、昨日のようなことではすまへんで」と男の声で脅迫電話。「ヤマモト」を名乗り、入場客へ危険を及ぼすような内容も告げる。
▼1月12日 舞台を2日間休演したカウスがNGKの出番で復帰。待ちかまえた報道陣に「身内には気を付けや」などと話し、舞台上では「犯人が分かりました。相方のボタンです」などと襲撃をネタにして笑いを誘う。
▼2月12日 大阪・茨木の少年院で講演。「実行犯に恨みはない。いつかオレがやったと話しにきてほしい」など、90分にわたり熱弁をふるう。
▼4月3日 大阪府内のカウスの自宅に脅迫状が届く。
▼4月5日 吉本興業が、脅迫状がカウス宅に届いていたことを発表。差出人が「山本」となっていたことも明らかに。
▼4月6日 カウスが会見。脅迫状には吉本興業役員らの名前も書かれており「これは企業脅迫」と怒りのコメントをした上で「恨まれる覚えはない。いたずらならここ、本気ならここ、というのはある」と脅迫状を送った犯人の心当たりを示唆する。
★前田 五郎 1942年(昭17)4月8日、大阪市出身。1963年に吉本新喜劇に入団。坂田利夫と1968年1月に漫才コンビ「コメディNo.1」を結成。コメディNo.1として上方漫才大賞・大賞(79年)や同新人賞(70年)、上方お笑い大賞金賞(72年)、NHK上方漫才コンテスト優秀話術賞(70年)などを受賞する。趣味は写真撮影。これまでに撮りためた写真がNGKのロビーや、吉本笑店街で展示されたこともある。
http://www.sponichi.co.jp/osaka/soci/
200905/25/soci220627.html
吉本興業が前田五郎のカウス脅迫事件関与報道を否定
吉本興業は25日、同社所属タレントの前田五郎が、今年4月に起きた中田カウスおよび同社役員の脅迫事件に関与していると一部新聞、週刊誌で報じられた件について、その報道内容を否定した。同社は同日付けの公式ホームページで「弊社所属タレントの前田五郎が犯人であると断定するかのような報道がなされておりますが、弊社においても、警察においても、そのような断定をしている事実はございません」と発表した。
同社は前田の休養については「本日付の一部新聞、週刊誌等において、本年4月3日に発生した脅迫状事件(中田カウス及び弊社役員に対する脅迫事件)に関連する報道がなされ、世間をお騒がせいたしておりますので、本人と相談のうえ、当面の間、タレント活動を休養することと致しましたのでお知らせします」と認めた。
しかし、脅迫事件への関与には「弊社においても、警察においても、そのような断定をしている事実はございません」と、これを否定。事件については「全て警察にお任せしておりますので、詳細について弊社からのコメントはございませんが、弊社としては、警察の捜査に最大限の協力をしており、一刻も早い犯人逮捕を望んでおります」としている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20090525-00000016-oric-ent
NHK 活動休養を受け前田出演分を差し替え
NHK大阪放送局は25日、制作する娯楽番組「バラエティー生活笑百科」について、吉本興業の漫才コンビ「コメディNo.1」の前田五郎(67)が出演する6月6日放送分を、収録済みの番組に差し替えると発表した。29日に収録予定のラジオ番組「上方演芸会」についても、代わりの出演者で収録する。
前田については、漫才師中田カウス(59)への脅迫状送付事件に関与していたとの一部報道を受け、吉本興業が芸能活動を休養させると発表していた。
バラエティー生活笑百科はNHK総合で毎週土曜日の昼に全国放送する人気番組。
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash
/KFullFlash20090525095.html
中田カウス・ボタン
(なかたかうす・ぼたん)は、漫才コンビ。所属事務所は吉本興業大阪。コンビ結成は1969年3月。
なんばグランド花月劇場(NGK)で大トリをとる大御所である。
略歴
二人の出会いはカウスがアルバイトをしていたバーの常連客がボタンであった事から。日に日に仲良くなった頃カウスからボタンを誘いコンビ結成。
その後は遊園地やストリップ劇場などで漫才を披露。若手の頃はアイドル並みの人気を博した。漫才師はコンビで揃いのスーツを着ることが定番だった時代に、はじめてジーパンとトレーナーで演じた[1]。ネタ作りも当時の女子高生にウケるネタを研究して作るなど、若者にターゲットを絞った漫才を発表し続ける。現代では当たり前のように存在するアイドル漫才師のパイオニアと言える存在であった。
漫才・ネタの特徴としては、カウスの、ボタンの私生活や過去を引き合いに出しておちょくる(からかう)ようなボケと、それに対するボタンのノリツッコミ。
メンバー
* 中田カウス(なかた - 、本名:野間 勝道、1949年6月29日 - )
ボケ担当。血液型はA型。愛媛県今治市(旧越智郡伯方町)出身。2002年からM-1グランプリ決勝戦の審査員を務めている。出演者のチェックは予選から行っており、2005年は1回戦から舞台袖ではなく、客席側からチェックしているのが目撃されている。
ひょうひょうとした語り口でボタンに毒舌を吐くのが特徴。「悪戯の帝王」の異名を持ち、ターゲットになった芸人は浜田雅功から人生幸朗まで幅広く、ターゲットとして一番狙われたのは坂田利夫である。
横山やすし、オール巨人、チャーリー浜と並ぶ弟子育成の厳しさで知られるが、私生活のだらしなさから「弟子には厳しいが自分には甘い」と非難を受けることもある(借金問題が表面化し、芸能活動を自粛する事態に追い込まれた時期もある)。
投機で成功した時期があり、その頃は「金持ちで真っ当な」カウス、「貧乏で犯罪者チックな」ボタンというパターンでボケを担当していた。現在でも、「金持ち」は抜いたが、真っ当そうに見えて不思議なボケを使う。
芸人論には一家言ある。1980年代後半に上岡龍太郎を中心として「楽屋をのぞかせる」という演出が多用されたが、「芸人が見せてはいけない部分」と論じて、痛烈に批判した。
実は大のM1嫌いである[要出典]。
ビートたけしと親交が深く、たけし司会の番組でしばしばゲスト出演する。カウスは「おじさん」とよび、たけしは「あんちゃん」と呼び合う仲。
吉本興業特別顧問に就任したが、2007年4月、週刊誌等により暴力団との関係を問われ、本人は否定しているもののファンを騒がせたとして同職を退任した。これを受けてNHKは、カウスが出演する『バラエティー生活笑百科』の4月28日と5月5日放送分を無期限放送延期。また、週刊誌等で吉本興業元会長に対してカウスが恐喝した疑惑や吉本興業現経営陣の不正支出疑惑が浮上、吉本興業株主総会でも取り上げられ、総会の場で社として調査を行うことを約束。7月31日に吉本興業が発表した調査結果によるとカウスの恐喝疑惑に関しては不問、吉本興業自体の不正支出に関しては「不正支出はあったものの、既に和解している可能性が高い」とし、問題が無いことを強調したものの、11月21日大阪府警捜査4課が吉本興業元会長に対する恐喝容疑でカウスを任意で事情聴取したことが明らかとなった。また、M-1グランプリ2007に審査員として出演している件について放送局(ABC)へ10件近い問合せがあった[2]。
2009年1月9日午後8時頃、大阪市中央区堺筋で、カウスを助手席に乗せた右ハンドルのベンツが信号待ちをしていたところを左後方から黒色タオルで覆面をし、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が近づき、助手席の窓ガラスを金属バットでたたき割り、カウスは頭部をバットで数回突かれ、頭に軽傷を負った[3]。
* 中田ボタン(なかた - 、本名:藤長 明、1948年4月12日 - )
ツッコミ担当。血液型はAB型。香川県小豆郡小豆島町出身。若手時代はアイドルタレント並みの人気があったが、私生活上で主に借金や逮捕を原因とした様々な伝説(借金を完済し、暫くは借りる必要がなかったのに、今後の『張り』のためにわざわざ会社から借金をした、など)を形成。結果としてその多くが今日のネタの基となっている。
1988年10月27日、同年4月23日に大阪府藤井寺市内で山口組系暴力団の開いた賭博に客として加わっていた事がわかり、賭博容疑で逮捕された。ボタンは容疑事実を全面的に認めたため同日夕方釈放されたが、しばらく謹慎処分となった。ここから、謹慎処分で借金漬けのボタンを、裕福なカウスが笑う、というパターンが生まれた。
あまりの借金伝説のため、かつて明石家さんまが、斉藤由貴『卒業』の歌詞の一部を「生活苦の中田ボタンを〜」と替え歌にして歌っていた。
漫才のネタでは「嫁さん」と「奥さん」が一人ずついるらしい(カウス談)
浜田雅功が若手の頃、ボタンのツッコミを舞台の袖から見て勉強していた。
中田カウスのイタズラ伝説
* 毛布事件
ある日の飛行機で人生幸朗と乗り合わせたカウスは、人生幸朗が寝ているスキに飛行機に備え付けてあった毛布を人生幸朗のカバンの中へこっそりと入れた。その後、深夜3時頃に人生幸朗宅へ「航空会社の者ですが、うちの毛布が無くなったのですが…」という電話を入れる。「こんな時間に相手を誰だと思って電話してるんだ!」と怒った人生だが、カバンの中を調べると本当に毛布が入っており、一転して平謝りしだした。
* メガネ赤塗り事件
昼寝中の人生幸朗のメガネのレンズを赤のマジックインキで塗りつぶし、カウスは耳元で「火事や!」と叫ぶ。目を覚ました人生幸朗は目の前が真っ赤な上に強度の近眼だったので何がなんだか分からず、慌てふためく一方だった。
* 首吊り事件
当時住んでいたアパートにあった木に、深夜にこっそり縄をくくりつけ、マネキン人形の首をそれに引っ掛けておいた。暗闇の中からそれを見たアパートの管理人は腰を抜かし、庭にあった池へ落ちてしまった。
* 今いくよ・くるよ事件
テレビ局のプロデューサーを装い、今いくよ・くるよに「一生懸命に漫才の稽古している姿を撮りたいので、正月海辺で晴れ着を着て稽古していて下さい。」と電話。実際に晴れ着で稽古をしていたいくよ・くるよを船に乗って見て笑っていたという。
* ホテルプラザ花火事件
かつて大阪市北区の朝日放送横にあったホテルプラザの一室で愛人と花火を打ち上げスプリンクラーと非常ベルが作動し大騒動
* イタズラ電話
毛布事件から推察される通り中田カウスは、イタズラ電話の常習犯でもある。芸人仲間の集る深夜のスナックから横山やすしの自宅へ電話し「明日の南海電車の始発の時間を教えて下さい。」やすしは激怒し「誰や!!横山と知っての狼藉かコラ!!」一同腹を抱えて忍び笑う・・
* 竜介バースデーケーキ事件
新助の相方である竜介(故人)へ、バースデーケーキをプレゼント。しかし、そのケーキに、割り箸で押し込んだヘアを仕込む。知らずにバースデーケーキを受け取った竜介は、感激して「みんな、ありがとう」と涙ながら、ケーキをほおばったという。しかし、周囲の芸人は、笑いをこらえるのに苦労したという。
師匠
* 師匠に付かずに独自の活動をしていた頃、カウスのアルバイト先のバーに客として現れた中田ダイマル・ラケットと親しくなり劇場に招待される。劇場でのダイマル・ラケットの姿に感動し弟子入りする事になる。
* 一般に「師匠は中田ダイマル・ラケット」とされるが、正しくはその弟子の中田アップ。前名の中田チャック(相方は中田ファスナー)時代に吉本の専属になり、道頓堀角座のトリから外された師匠を憂い、師匠を吉本に移籍させた張本人。相方は中田ダウン。既に引退。
あまり有名でないためか、通常カウス・ボタンの師匠は大師匠で名付け親でもあるダイマル師とされている。ボタンの自作サイトでも、師匠はダイマルと明記されている。
レギュラー番組
* バラエティー生活笑百科(NHK総合)
* M-1グランプリ(朝日放送) - 中田カウスのみ
* 中田カウスのお笑い110番(ラジオ大阪)- 中田カウスのみ
不定期番組
* 笑点(日本テレビ)(ゲストとして出演)
受賞歴
* 1971年第6回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 新人賞
* 1972年昭和46年度 第2回 NHK上方漫才コンテスト 最優秀話術賞
* 1990年第25回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 奨励賞
* 1990年第19回 上方お笑い大賞(読売テレビ) 審査員奨励賞
* 1991年第26回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 大賞
* 1995年第24回 上方お笑い大賞(読売テレビ) 大賞
* 2001年第36回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 大賞
* 2005年第40回 上方漫才大賞(ラジオ大阪) 大賞
主な弟子
カウス
* 中田尚希・祐士→中田なおき
* 中田新作(漫才作家)
他、外国人のピン芸人や、若手女性コンビなど多数。 なお、若き日の大木こだま(当時は素人・西山利幸青年)が、当時駆け出しの漫才師であったカウスに弟子入りを志願したことは有名な話。こだまは、今なおカウスに私淑している。
ボタン
* 中田ハチ・マキ(ハチは中田はっさく)
* 中田はじめ・圭祐→中田はじめ
* ライム・ライト(ライム中田・ライト坂田)→別所清一(ライム中田)
* 海原やすよ・ともこ
* 中田尚希・祐士→中田ゆうじ(笑ハンティング)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%
AD%E7%94%B0%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%82%B9
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前田 五郎
(まえだ ごろう、本名・前田 邦弘(まえだ くにひろ)、1942年4月8日 - )は、大阪府大阪市出身のお笑い芸人で、坂田利夫との漫才コンビ「コメディNo.1」のツッコミ担当。初芝高等学校卒、大阪商業大学中退。所属事務所は吉本興業。長女の前田真希は2005年に、次女の前田まみはその翌年に、吉本新喜劇に入団した。
経歴
* 浅草四郎に弟子入りし、1963年、吉本新喜劇入団。新喜劇要員として船場太郎らと新境地を開き主に脇役として活躍した。その後1967年1月、坂田利夫と共に「コメディNo.1」を結成。
* "アホの坂田"こと坂田の単独での活動が多く、「コメディNo.1」としての活動はなんばグランド花月など舞台での活動が中心である。朝日放送テレビ「あっちこっち丁稚」(坂田、間寛平等出演)では舞台となるカステラ店の主人役で出演した。
人物
* 趣味は写真。吉本新喜劇の俳優や若手芸人たちの舞台裏などを撮影し、展覧会を開いたこともある。現在でも、NGK公式サイトにおいても様々な写真を展示している。そのなかで自らのコンビ仲の悪さをネタにしている。
* オール巨人と同じように日々体を鍛えているが、その実は運動が苦手で吉本の運動会でMr.オクレに砲丸投げで負けた事がある。
* 趣味の麻雀の腕前は吉本でも指折りで、よしもと麻雀倶楽部という番組の司会を務めたこともある。
弟子
* 前田一球・写楽(現在は一球が廃業し、写楽のみ現役)
* 前田竹千代(故人:チャンバラトリオの元メンバー)
* 前田犬千代(廃業)
他
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D
%E7%94%B0%E4%BA%94%E9%83%8E
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