高速不正通行の元フリーウェイクラブ会長に罰金刑 彦根簡裁判決 料金を払わずに高速道路の不正通行を繰り返したとして、道路整備特別措置法違反罪に問われた「フリーウェイクラブ」(解散)元会長、和合秀典被告(66)ら3被告の判決公判が13日、彦根簡裁で開かれた。橋本一裁判官は「組織的常習的な犯行で悪質。道路行政に悪影響を及ぼし、反省する態度も見られない」として、和合被告に求刑通り罰金300万円を言い渡した。
元
大阪支部長、新堂哲弥被告(49)と元事務局長、小川和芳被告(26)にも、いずれも求刑通り罰金150万円が言い渡された。
フリーウェイクラブは平成13年ごろから通行料金の不払いを呼びかけ、組織ぐるみで無料通行を実施。弁護側は「高速道路の無料開放を実現するための政治活動の一環で正当な行為」などと無罪主張していた。
判決などによると、3被告はほかの会員らと高速道路の料金不払いを共謀。17年12月〜18年9月、和歌山市の阪和自動車道の料金所で同会発行の「無料通行宣言書」を係員に渡して料金を払わずに通行するなど、各地の高速道で同様の犯行を繰り返した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/
080313/trl0803131119002-n1.htmフリーウェイクラブ高速道路の料金所で有料道路の通行料金不払い運動を行うことにより、道路行政に抗議活動を行うと自称している、かつて存在した任意団体である。和合秀典が会長であったが、2006年11月23日、会長が解散を表明した。解散後、現在は政治団体の新党フリーウェイクラブとして活動している。会の規約によれば、略称は「フリクラ」。以下、この略称を用いる。
主張
週刊誌や公式ページに述べられた、フリクラの主張は、おおよそ次のとおりである。
首都高速道路公団の通行料値上げに対し、安易であり経営の怠慢と指摘。「公団の経営努力がなされていない」旨の内容を記した「旧料金通行宣言書」(2001年以降は「無料通行宣言書」に変更。以下両者を併せて「宣言書」と記す。)と旧料金を料金所の収受員に手交して通行することにより、抗議の意思表明とする。2001年以降は、宣言書のみ収受員に手交して無料通行する事により、抗議の意思表明をする方法に切り替える。
終身会費を支払うことで、「宣言書」「対料金所収受員応対マニュアル」が送付された。
無料通行により、高速道路株式会社(旧道路関係四公団)・地方道路公社・関連企業の資金源を断ち、国土交通省も含めた責任を追及する。
道路には無料開放原則があり、有料道路制度は30年償還ののち無料開放されるべき時限立法であると主張。道路公団民営化は恒久有料化につながるとして、反対の立場を採る。
会員を1万人募る。そののちに、1万人訴訟を行う。もしくは、1万人の無料通行者により料金収受を麻痺させ、有料道路制度を有名無実化させる。
副会長であった、田中けんの主張によれば、「無料化も含め高速道路の問題を市民レベルで考える団体であり、無料通行は運動の選択肢の一つで、フリクラは無料通行の強制や勧誘を主張していない。」
現在は新党フリーウェイクラブとして、第21回参議院議員選挙に和合が東京都選挙区で立候補した。首都高速道路の無料化を掲げたが、過去9度の選挙でいずれも最下位であった又吉イエス(又吉光雄)にも及ばず20人中最下位となり落選した。(法定得票数未満のため、供託金も没収された。)
歴史
500円通行時代
1987年9月10日、首都高速道路の通行料金が500円(普通車。以下断り無い場合は全て普通車料金である)から600円に値上げされた。これに反発した金属加工会社社長の和合秀典が、同日「渋滞も解決せずに一挙20%値上げは納得がいかない」と主張。自分の名刺を渡して500円で料金所を強硬に通り抜けたのが事の発端となった。
その後、「公団側の経営努力及び値上げに納得できる説明があるまで旧料金で通行します」との文書を作成。500円通行を繰り返した。これが後に「宣言書」の元となる。
同年12月5日。首都高速道路公団は、理事長名で警告書を送付。
1988年、和合秀典はこれに反発。約30名の同志を募り「フリーウェイクラブ」を結成。そのまま会長となり抗議の500円通行を組織的に行う。
1992年8月27日東京地方裁判所で、値上げ分の通行料金に対する債務不存在確認訴訟の、棄却判決を受ける。その後控訴、上告し、最高裁判所で棄却され、これが判例となる。
1993年には、道路整備特別措置法(25条)(当時)を適用し、会長の
預金に対して強制徴収が行われる。この際、同法に基づき2倍の割増金が加算され、合計して3倍の料金を徴収されている。
無料通行時代
その後、
インターネットなどで会員を募る。
2001年、公団側からの回答がないため無料通行に切り替える旨の文言を「宣言書」に追記。無料通行による抗議に切り替える。しかし上記の首都高理事長の警告書については触れていない。
ただし、元はといえば、500円通行運動を始めた当初、首都高速道路公団(当時)の課長(同)に「30年たったら無料になりますよ。それが5年後の1993年に来ます」と言われたのが伏線であった。当時の道路整備特別措置法では、高速道路は建設から30年で建設費を償還し、無料開放されることになっており、首都高速道路では1993年(正しくは1992年)に最初の無料化路線が現れるはずだったのである。しかし、現実に無料化されることはなく、償還期限を法改正で40年に延長しただけだった。また、料金のプール制を導入し、個別の路線ではなく、接続する全ての路線をまとめて償還する方式に変えられた(一般の高速道路は、1972年に政令でプール制になっていた)。
このような行政側の場当たり的な対応が、フリーウェイクラブの活動に一定の正当性を与え、支持者を得た理由であった。
当時、首都高速道路の料金が700円となったことや、道路公団民営化の議論の迷走、並びにそれに対する民主党のマニフェストに高速道路無料化が盛り込まれたこともあってか、会員は増加した。
ほとんどの会員は宣言書を、有料道路制度及び道路公団の経営怠慢に対しての抗議としてではなく、単に高速道路を無料で通行できるパスとして扱った。高速道路だけでなく道路運送法に基づく民営の有料道路で無料通行する会員や、無料通行して暴走行為をしたと自慢する会員も発生する。新規入会者に対して「何回か無料通行すればすぐに会費の元が取れる」等と説明した者がいた。[1]会長、副会長らが自らこのように説明したという証言もある。その一方で、過去に債務不存在確認訴訟の棄却判決や強制徴収が行われたことは全く説明しなかった。
田中けんの彦根簡易裁判所の判決では「(高速料金を払いたくないという)経済的動機から興味を持つ者の利欲心につけ込み、不正通行に駆り立てた」と批判をしており、宣言書は単に高速道路を無料で通行できるパスとして扱われてきたという判断をしている。
並行して、暴力団が宣言書を販売し資金源としたり、同会の関西支部を名乗り会費をだまし取ろうとしたページが出現したりする事態[2]が発生。会は宣言書が偽物であると主張して容疑者不明で私文書偽造で訴えるが、不起訴となる。これは宣言書自体が公序良俗に反するためである。(民法第90条)
2002年、当初1,000円であった終身会費を10,000円に値上げする。2006年、ステッカー代を併せて15,000円と事実上の再値上げをする。この理由は全く説明されていない。
会費の使い道が不透明で、私的に流用しているのではないかとの指摘があった。これに対し、事務
諸費用や弁護士費用に充てる、としていたが、弁護士に相談した記録を会から報告した事はない。また副会長名での回答によれば「任意団体である以上、一般に財務内容の詳細を説明する義務はない」。[3]
会費は強制徴収を受けた会員への補填ではないとの幹部の説明が同会公式ページの掲示板に掲載された。
2002年当時、車種格下げ要求による不当な通行料値下げや、暴走族による料金所の強行突破が頻発し、扇千景国土交通大臣(当時)が強制徴収も辞さずとの態度を明らかにする。
同年10月、無料通行を繰り返してきた会員の預金口座への強制徴収が実行された。会としての対応は、幹部が会員の預金口座のあった信用金庫に説明を求めただけであり、その後の経過は、報道及び会からの報告はない。
2003年、会員2名が強制徴収を受けた事に対し、行政不服審査法に基づく審査請求を行うが棄却される。その後、強制徴収の取消を求める行政訴訟を東京地方裁判所に起こしている。その後の経過は報道及び会からの報告はない。
この間、数十件に及ぶ強制徴収が執行。中には、
法人に対して執行された例もあり、未納通行料金とその割増金を併せて約1000万円もの強制徴収となった事例もある。これは会社ぐるみでフリクラに入会し、無料通行を繰り返した事によるものである。
強制徴収は、会員が他人名義の自動車を運転した場合、自動車の名義人に納入通知が送られトラブルがあったこと、預金口座とその預金額を把握するための手間がかかった。
(旧)道路整備特別措置法では違法行為だが、罰則がなかったため警察官は逮捕できなかった。このためフリクラは「民事不介入の原則があるから、警察は介入できない。料金は支払わなくても心配ない。」と主張した。また刑法上は、有料道路を利用した利益は財物でないため利益窃盗になり、原則不可罰という説もある。(参考:詐欺罪の成立要件と特徴・ケースの考察)
摘発
2004年、道路公団民営化に伴う道路整備特別措置法の改正法案に、度重なる不正通行への抜本的な対策として、「料金所を通る際には車両は一時停止しなければならない、等の有料道路事業者が定める通行方法に違反した者に対して、刑事罰として30万円以下の罰金を科することができる」との条文が追加された。
2004年4月21日、第159回衆議院国土交通委員会において、不正通行への罰金化への審議時に「フリーウェイクラブ」が不正通行の手法の一つとして認識されている。
2005年10月1日から、道路公団民営化に伴う関係法律の改正、及びその施行により改正道路整備特別措置法による不正通行の罰金刑化がなされる。
2006年1月15日、暴走行為者が首都高速道路大井南料金所を強行突破したとして、警視庁が道路整備特別措置法違反容疑で初めて逮捕する。
これを皮切りに、静岡県や神奈川県、滋賀県で宣言書を用い料金所を突破した者が道路整備特別措置法違反容疑で逮捕された。そのほとんどが簡易裁判所において起訴事実を認め、即日結審し略式命令として30万円から100万円以下の罰金を受けている。本来は30万円に不法通行回数を乗じた分の罰金刑が課されるが、略式命令は上限が100万円である。また、罰金は刑罰なので、通行料と割増金(合計3倍)は罰金とは別に徴収される。
フリクラは、逮捕された理由を「偽の宣言書を用いたため」、「宣言書を料金所のブースに投げつけたため」「捕まったのは正規の会員でないため」などと会員や週刊誌などに説明した。加えて会長は「長年無料通行を行っていながら警察に検挙されないのは、当局が法の矛盾を認めているから」と主張していた。
同時期、三五館より発刊された『払いません。ナンデ?モッタイナイ!』(ISBN 4-88-320356-5)のうち一章で会長の和合秀典が執筆し、高速道路無料通行の正当性を主張し、逮捕されることはないとの記述をしていた。
滋賀県における道路整備特別措置法違反容疑者により明らかになった、フリクラが行った
大阪市内での勉強会の内容は不正通行の共同正犯容疑に当たるとして、会長などフリクラ幹部が次々と逮捕された。
フリージャーナリスト小谷洋之は、田中健副会長の逮捕に至る経緯について「共謀罪の先取りであり、逮捕は不当」と主張している。
同年11月23日、会長はフリーウェイクラブの解散届を滋賀県警高速隊長あてに提出。会長は「無料通行は違法であり、世間を騒がせてしまった」ことを解散理由に挙げ、「他に逮捕された会員らに申し訳ない」などと話している。任意団体なのに何故警察に解散届けを提出したのかその真意は明らかにしていない。
同年12月20日、既に罰金90万円の略式命令を受けていた静岡県沼津市の男性に対し、中日本高速道路株式会社が通行料金と割増金を督促したが支払わないとして、支払を求める訴訟を
横浜地方裁判所に起こす。
首都高速道路株式会社は、悪質な不正通行は威力業務妨害罪も有り得るとしている。
なお、2005年10月1日に行われた道路公団民営化では、償還期限を45年後の2050年に改めて設定している。
中日本高速道路会社管内で宣言書を使った不正通行は2005年度は3224件だったのが、2006年度は上半期で367件にまで激減した。(2006年12月27日付けの読売新聞の報道による。)
新党 フリーウェイクラブ時代
2006年5月11日、和合会長は「ZAKZAK」の取材に対し、「来年の参院選(第21回参議院議員選挙)に、新党フリーウェイクラブから出馬し、高速道路の無料化を訴える。全国で何票入るか、楽しみにしていてほしい」と第21回参議院議員選挙に立候補を表明。(「妄信で猛進…“無料通行宣言書”使い高速タダ乗り(ZAKZAK)」)。
同年12月5日、勾留を解かれ、釈放された。旧フリーウェイクラブ会長の和合は政党「新党 フリーウェイクラブ」を旗揚げ、
ホームページを開設する。旧フリーウェイクラブ会長は、会長改め党首を名乗り、「活動内容、信念、旧フリーウェイクラブの考え方の全て」を「新党 フリーウェイクラブ」は、引き継いでいると明言している。
ただし、2007年6月5日、東京都選挙区での立候補を表明した記者会見では、「最低限の秩序を守りたい」として、現状では高速道路料金を支払うことにしたという(『毎日新聞』6月6日「選挙:参院選・東京選挙区 新党フリーウェイクラブの和合代表が出馬へ /東京」)。
同年7月29日、参院選で落選。法定得票数にも満たなかったため、供託金も没収された。
所在地
〒335-0036埼玉県戸田市早瀬2-23-9
メディア
ほとんどのメディアは客観的事実のみの報道をしている。
『毎日新聞』:1988年1月4日号夕刊、東京版で、首都高速料金の値上げと、それに反発する和合の活動が報じられた。これがメディアに報じられた初出と言われる。
探偵
ファイル:2002年にフリクラを紹介した。その記事の関係者も逮捕されていることが元関係者のブログで明らかにされた。
週刊誌アエラ:2006年9月11日号でフリクラの主張のみを一方的に記載し、市民団体として報道した。
時事通信:2006年12月6日発表によれば大津支局のスタッフが滋賀県警の広報文のコピーをフリクラ京都支部長に渡していたとして関係者を懲戒した。
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