石破防衛相、原因究明や改革にメド時点で進退判断 石破防衛相は29日午前の閣議後の記者会見で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」の衝突事故を巡り、自らの進退について、原因究明や自衛隊・防衛省改革にメドがついた時点で判断する考えを表明した。
防衛相は、「いつでも(事故の責任を取って辞任する)可能性がある。危機管理をやっている者、国務大臣を預かる者はいつも、そういう決意を持って臨まなければ仕事にならない」と述べた。
防衛相は29日午前の衆院予算委員会での同事故などに関する集中審議の中でも、野党から辞任要求が出ていることに関し、「常に退路は断っている。一番つらい思いをしている方々の気持ちに応えるのが責任と取り方だ。自分なりの判断はしたい」と述べた。ただ、「今の時点で軽々に辞めることが気持ちに応えることだとは、思っていない」とも述べ、現時点で引責辞任する考えはないことを改めて強調した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20080229-00000031-yom-pol
石破防衛相に衝突当夜「9分前」情報 イージス艦「あたご」と漁船の衝突事故で、石破茂防衛相が事故当日の19日夜、漁船発見時刻について「不確定だが、衝突の9分前」との報告を受けていたことが26日分かった。防衛省筋が明らかにした。これを受け、石破氏はさらに確認に努めるよう指示。20日午前8時半になって発見時刻が当初発表の「2分前」ではなく「12分前」になるとの正式報告を受けた。
石破氏がこの確認情報を公表したのは同日午後5時からの自民党部会で、8時間半後。「12分前」情報を事故当夜から把握していたわけではないが、変更の可能性があることは認知していた上、公表も大幅に遅れたことになる。このため野党は、今後の集中審議などを受けた石破氏の対応や事実解明次第で、参院への問責決議案提出を検討する。
石破氏は26日の記者会見で「事実の確認と公表の可否(を海上保安庁などと調整すること)に時間を要した」と、情報操作や隠ぺいはないとの認識を表明した。衆院安全保障委員会では「責任の取り方は自分で考える。再発防止策をきちんと講じたい」と現時点での引責辞任を重ねて否定した。これに対し民主党の小沢一郎代表は会見で「非常に責任が重い」と指摘した。
26日会見した防衛省の吉川栄治海上幕僚長によると、発見時刻の変更情報を石破氏に伝えたのは19日午後8時半ごろで、この時点から起算すれば「12分前」を確定し公表したのは20時間余り後になる。
http://www.nikkansports.com/general/
p-gn-tp0-20080227-327882.html個人的には、自民党の中でも嫌いな政治家じゃないんだけど。。。石破さん。。。ただこうして名前を書くのに、変換がつらい。
まあ、辞めなきゃいけないほどの醜態を晒したね、防衛省は。
石破 茂(いしば しげる、1957年2月4日 ‐ )は、日本の政治家。自由民主党所属。衆議院議員(7期)。防衛庁長官(第68・69代)を歴任。福田康夫内閣で防衛大臣(第4代)に就任。
父は建設事務次官、
鳥取県知事等を務めた石破二朗。
略歴
1957年2月4日 - 建設官僚・石破二朗 和子の長男として生まれる 鳥取県八頭郡郡家町大字殿(現八頭町)出身
1969年3月 - 鳥取大学教育学部附属小学校卒業
1972年3月 - 鳥取大学教育学部附属中学校卒業
1975年3月 - 慶應義塾高等学校卒業
1976年12月 - 昭和51年度全日本学生法律討論会第1位
1979年3月 - 慶應義塾大学法学部法律学科卒業
1979年4月 - 株式会社三井銀行入社
1983年1月 - 同行退社
1983年2月 - 木曜クラブ(田中派)事務局勤務
1984年9月 - 同事務局退職
1986年7月 - 自民党公認で鳥取全県区より出馬し衆議院議員初当選(全国最年少) 政策科学研究所(中曽根派→渡辺派)に所属
1992年12月 - 農林水産政務次官に就任(〜1993年6月)
1993年 - 自民党離党
1994年4月 - 新生党入党
1994年12月 - 新進党結党参加
1997年3月 - 自民党復党。小渕派に所属(前年の総選挙では無所属で再選)
2000年7月 - 農林水産総括政務次官 12月 - 防衛総括政務次官に就任
2001年1月 - 防衛庁初代副長官に就任(〜2001年4月)
2002年3月 - 拉致議連会長に就任
2002年9月 - 防衛庁長官に就任(〜2004年9月)
2004年4月 - 第2次小泉内閣の閣僚の中で麻生太郎・中川昭一とともに国民年金保険料が
未払いだったことが発覚
2007年9月 - 福田康夫内閣で防衛大臣に就任
政策
2006年9月に行われた自民党総裁選では麻生太郎を支持したが、最後まで地元の鳥取県に地理的に近い山口県出身の安倍晋三を推薦するか迷っていたようである[1]。2007年9月に行われた総裁選挙では福田康夫を支持している。
2007年9月の福田康夫内閣では、高村正彦が外務大臣に横滑りした場合の入閣がマスコミから取りざたされていたが、予想通り4代目の防衛大臣に就任した。(議員会館で
テレビを見ながら連絡を待つ石破だったが、本人の携帯電話に入閣依頼の連絡が入るより先にテレビで入閣報道がなされる一幕もあった。)
外務
防衛問題の論客の一人であるが、保守系の対外強硬派とは一線を画しており、朝日新聞社の論壇誌『論座』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、北朝鮮への単独制裁に対し疑問を呈している。総理の靖国神社参拝にも反対を表明している。また、満州事変以降の戦争を「侵略戦争」と認識している。
北朝鮮については、鳥取県が日本海側に位置していることから問題意識が強く、1992年には”見ないで批判するのはいかんだろう”という理由で自民党・社会党・公明党合同の訪朝議員団に加わり金日成生誕80周年祝賀式典へ参加したことがある。
日韓議員連盟幹事。
防衛
防衛庁長官在任中にイラク戦争が勃発し、当時の小泉政権が自衛隊イラク派遣を決定すると、防衛庁長官として彼らの門出を見送った。
2003年(平成15年)3月に情報収集機関の調査隊を改組し、防衛庁長官直轄部隊として情報保全隊を組織した。同隊は前述のイラク戦争に関する世論動向(主に市民団体)の調査をおこなうなどした。
自民党きっての防衛政策通として知られる。
徴兵制度の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。
著書『国防』では、難解と思われがちな防衛問題を分かりやすく著し、保守論壇から高い評価を得ている。しかし、
京都府職員労働組合は機関紙『京都府職新聞号外』2005年6月3日において、京都府船井郡丹波町で発生した浅田農産鳥インフルエンザ事件における自衛隊出動についての記述が事実と異なると主張している。
自民党の憲法改正草案で当初「徴兵制の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることが出来ないような国家を、果たして国家と呼べるのか?」という批判で消滅した(ただし、石破は徴兵制への反対を主張している[2]。理由として、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいと考えているからである)。
自他共に認める軍事オタクとしても知られ、少年時代は
自動車、タクシー、SLが大好きな車マニア、鉄道マニアでもあった。現在でも戦車や戦闘機のプラモデルを集めるのが趣味のようである。防衛庁長官時代、ロシア国防大臣が来日した際に大臣を喜ばせるために2日間徹夜してロシア空母アドミラル・クズネツォフの模型を組み上げた。また、度々出演する日本テレビの番組『太田総理』のなかでは、司会で「総理大臣」役の太田光からF-22戦闘機を
プレゼントされたことがある。
『太田総理』では太田と激しい論争を繰り広げている。国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では山本一太と共に「天敵」と称されたこともある。また、この番組において第二次世界大戦が日本による侵略戦争だったことや、大東亜共栄圏が侵略戦争遂行のための詭弁でしかなかったとの認識を示している[3]。[4]
『丸』(潮書房)を愛読し、国防関連の知識を吸収している。『週刊アサ秘
ジャーナル』で『丸』から引用した問題を出題されると次々正解し、その豊富な知識を示した。ちなみに、「災害派遣時に自衛隊が実弾を発射した相手とは何か」の一問だけ解答できなかったが(正解は海獣[5]、つまりトド駆除)、石破は知らなかったため不正解となった。当初、石破は初耳だったため出題文に衝撃を受け、何度も「災派で撃った!?」と確認し、正解を聞いて驚いていた。
教育
朝日新聞社刊『論座』において、教育基本法に愛国心を明文化することに反対の姿勢を示した。理由は「愛国心は国が政策面で強制するものではない」という意味のものであった。同様のスタンスをとる議員は自民党内では稀であった。
待望論
津島派(平成研究会)に属する。スキャンダルなどで派内での人望が薄い額賀福志郎に代わり、船田元・茂木敏充らと並ぶ、次代の総裁候補として浮上している。2006年の自民党総裁選で額賀が出馬を検討した際、額賀に対し若手などが「今回出馬しなければあなたに次はない。次は石破を担ぐ。」と告げた。
発言
防衛庁長官在任中に、自衛隊のことを「自閉隊」と呼ぶ発言をし、自閉症に対する誤解や偏見であるという批判を浴びた。
人物像
噛んで含めるような独特の口調がある。
口頭による討論を沈着冷静に進める。略歴にも「全日本学生法律討論会第1位」とあることから、かねてから討論は得意であったといえる。
大変な酒豪にして喫煙者。好物はカレーライスとコロッケ。納豆は苦手。
母方の曽祖父金森通倫から4代目のクリスチャンであり、日本基督教団鳥取教会に所属している。18歳のときに日本基督教団鳥取教会で洗礼を受けた石破は、幼稚園も教会附属で、「46年間、キリスト教に触れつつ信仰をもちながら生きてきた」と話した[6]。
高校時代からアイドル歌手グループ
キャンディーズの大ファンであり、中でもミキ(藤村美樹)が
お気に入り。2007年11月15日の守屋武昌元防衛次官に対する証人喚問において、久間章生、額賀福志郎両氏の名前が出てきた日の夜、キャンディーズの曲を熱唱した[7]。
次期衆院選はかつての自身の第一公設秘書である奥田保明と一騎打ちとなると見られている。
防衛庁長官を務めていた2005年に「戦国自衛隊1549」「亡国のイージス」など自衛隊の大規模な協力を得て撮影された映画が公開されたが、これは彼の映画産業への理解が深かった事が大きい。その事から当時はテロやSFといった大胆なテーマの作品にも自衛隊の協力が得られるのが特徴であった。[8]
家族・親族
実家
祖父 - 石破市造(農業、元村長)
父 - 石破二朗(官僚、政治家 - 元建設事務次官、元鳥取県知事)
母 - 和子(金森太郎長女)
自家
妻 - 佳子
二女あり
他家
曾祖父 - 金森通倫(牧師)
祖父 - 金森太郎(官僚 - 元徳島県知事、元山形県知事)
大おじ - 金森次郎(実業家)、金森五郎(医師)、金森九郎(学者)など
石破家
石破常七━━石破市造━━石破二朗
┃
┣━━━━石破茂
┃
┏金森太郎━━和子
┃
┣金森次郎
金森通倫━┫
┣金森五郎
┃
┗金森九郎
著作
『国防』(新潮社、2005年、ISBN 4104737011)
本書を原案としたコミックとして 『国防入門』(原望作画、あおば出版、2007年、ISBN 9784873177885)がある
『軍事を知らずして平和を語るな』(KKベストセラーズ、2006年、ISBN 4584189676)
http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E7%9F%B3%E7%A0%B4%E8%8C%82イージス艦に絡み、こんなニュースもイージス艦情報流出事件、舞鶴総監部の1等海尉が失踪 海上自衛隊のイージス艦情報流出事件で、海自舞鶴地方総監部の1等海尉(34)が、情報流出に関する海自の内部調査を受けた後に失踪(しっそう)したことがわかった。
海自幹部によると、イージス艦情報の流出に関する内部調査で、1尉の自宅の私有パソコンに、特別防衛秘密(特防秘)にあたるイージス艦情報のデータが保管されていたことが発覚。1尉は東京・市ヶ谷の防衛省で内部調査を受け、上官と一緒に舞鶴に戻る途中の今月23日、JR京都駅付近で失踪したという。家族が警察に捜索願を提出した。
神奈川県警と海自警務隊は昨年12月、イージス艦情報を外部に持ち出したとして、横須賀基地業務隊の3等海佐を日米相互防衛援助協定に伴う秘密保護法違反容疑で逮捕した。1尉が保有していたデータは、この3佐が持ち出したファイルの一部をコピーしたものとみられる。海自は、他にもデータが拡散していたとみて内部調査を進めており、情報流出に関与した隊員を3月にも一斉処分する方針。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20080229-00000021-yom-sociホントに失踪か???最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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