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2007年07月31日

台風5号、西日本接近へ

台風5号、西日本接近へ=暴風や高波に警戒を−気象庁

 強い台風5号は31日、日本の南海上を北北西に進んだ。今後さらに勢力を強め、2日から3日にかけて西日本に接近する恐れがあり、気象庁は暴風や高波への警戒を呼び掛けた。
 同庁によると、台風は31日午後6時現在、日本の南にあり、時速約15キロで北北西に進んでいる。中心気圧は965ヘクトパスカルで、中心付近の最大風速は35メートル、最大瞬間風速は50メートル。中心から半径110キロ以内では25メートル以上の暴風となっている。
 今後、発達しながら北西に進み、2日から3日にかけて、強い勢力を保ったまま西日本に接近する恐れがある。ただし、台風を動かす上空の風が弱いため、複雑な動きをする可能性もあるという。 

typha5.jpg

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070731-00000145-jij-soci


まだ上陸するかどうか微妙なところだが、西日本に影響があるのは間違いない。上陸するとなると、8月初旬に既に2個目。
zaraは断言しましょう。今年はまだ3つ以上上陸する。気象に関しては丸っきり素人だけど、今年は台風の当たり年になる。

この5号はまだまだ発達中です。進路に当たる地域の方々は十分にご注意ください。



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タグ:台風5号
posted by zara at 22:20| Comment(0) | TrackBack(15) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続投を巡り揺れる自民

自民総務会で首相退陣論が噴出「政権選択迫ってしまった」

 自民党は31日午前、党本部で総務会を開き、参院選の結果について協議し、出席者からは続投を決めた安倍首相の退陣を促す意見も出た。

 この中で、石破茂・元防衛長官が「首相は『私か(民主党代表の)小沢さんかの選択だ』と訴えた。これを私どもはどう説明するのか。挙党一致はこの答えにならない。次の選挙で振り子現象を期待するのは難しい」と述べた。野田毅・元自治相も、「首相自ら政権選択を迫ってしまったので、道は一つしかない。決断されたほうがよろしいのではないか」と語った。

 深谷隆司・元通産相は、「赤城農相は辞めるべきだ。年金記録漏れ問題や『政治とカネ』の問題では、泥縄式の対応が多すぎた」と述べ、政府や党執行部の対応を厳しく批判した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070731-00000105-yom-pol



安倍首相の責任論が噴出 自民党総務会、退陣要求も

 自民党が参院選で大敗したにもかかわらず、安倍首相が続投を決めたことをめぐり、31日午前の自民党総務会でベテラン議員を中心に首相の責任を問う発言が相次いだ。

 野田毅元自治相は「参院選で政権選択を迫ったので、その結果、道は一つしかない。決断した方がいい」と発言。石破茂元防衛庁長官も「総理は『私か、小沢代表の選択だ』と何度も訴えた。これを有権者にどう説明するのか。挙党一致は答えにならない」と首相の退陣を促した。

 深谷隆司元通産相は「選挙前の様々な問題で泥縄式の対応を国民はちゃんとみている。赤城さんは(大臣の)資格がない。即刻辞任してもらいたい」と首相の対応を批判しつつ、赤城農水相の辞任を要求した。

 一方、惨敗の原因を明確にすべきだとの意見も相次いだ。加藤紘一元幹事長は「『首相続投で挙党一致』はいいが、敗因を分析なしで進めば、自民党はずたずたになる。今回の結末は自民党の基盤の崩壊だ」と述べた。谷垣禎一・前財務相も「なぜ国民から厳しい批判を浴びたのか整理しないといけない」と執行部に求めた。

 これを受け、中川秀直幹事長は「(参院選敗北の)総括は8月中に結論を出したい」と述べた。丹羽雄哉総務会長は、総務会での意見を首相官邸にも近く伝える方針だ。


http://www.asahi.com/politics/update/
0731/TKY200707310365.html


sytab.jpg

自民党にも人はいるねぇ。人って普通の人のことだが。。。

しかし安倍晋三は仕切りに、再チャレンジと言う言葉を使っていたが、自分のためとは気が付かなかった。


明らかにこの歴史的惨敗は安倍内閣の責任だろう。政権選択云々は関係ない。安倍を選ぶか小沢を選ぶかなんて話は関係ない。

国民は何故こんな投票行動を起こしたか。
年金問題、格差問題、政治とカネ。。。どれひとつ落選した参議院議員1人1人に責任のある問題ではない。全て安倍内閣が御座なりにしてきた問題だろう。お坊ちゃまはこれらの問題を誤魔化し、蓋をしてきた。安倍内閣に責任がないわけがない。

そんな当たり前のことが自民党幹部にはわからないらしい。安倍晋三がバカかと思ったら、取り巻きまでそろって頭が悪いらしい。昔々、中国のバカ皇帝が、うるさく諫言をする家臣をクビにし、周りを全て胡麻擂り家臣にしてしまい国を滅ぼすと言う話を思い出す。

まあ大バカ総理が総選挙まで醜態を晒し続けてもらったほうが、結果的にはありがたいのだが。。。



赤城農水相が会見 選挙への影響コメントせず

 事務所経費などに関して数々の問題が浮上している赤城徳彦農林水産相は31日の閣議後会見で、参議院選挙の自民党大敗について、「いろいろなご批判、ご指摘は厳粛に受け止めたい」と述べる一方、自らの問題の選挙への影響や責任については「コメントは差し控えたい」と繰り返し、言及を避けた。
 また、安倍首相が政治資金について党内に新たな規約をつくるよう指示したことについては「新たな規約が決まれば、それに沿って対応したい」と、現段階で自らの事務所費についてさらに説明する考えのないことを明らかにした。
 自らの進退については「与えられた職責を果たしたい」と述べるにとどまった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070731-00000920-san-pol



歴代首相が安倍首相を激励 自民党総務会は紛糾

 続投を決めた安倍晋三首相は31日、森喜朗元首相ら歴代首相を訪問し、参院選での敗北をわび、今後の政権運営への助言と協力を求めた。首相は同日夜、首相官邸で記者団に「赤城氏を含め人事を一新する。首相補佐官を含め、人事については熟慮していきたい」と述べた。一方、自民党総務会では、首相続投への批判や異論が噴出。自民党内では首相続投容認の声が大勢だが、9月にも予定される内閣改造・党役員人事をにらみ、首相への牽制(けんせい)圧力はますます強まるとみられている。

 首相は、森、中曽根康弘、海部俊樹の元首相3人の都内の個人事務所を訪ね、それぞれ30分間ほど会談した。小泉純一郎前首相との会談は見送られた。

ラグビーに例えて助言

 首相の後見人でもある森氏は「とにかく挙党態勢のしっかりした内閣を作ることだ。『う〜ん』とうならせる人事をやって、やる気をみせろ」と助言。首相が9月1日前後の内閣改造を検討していることについては「1カ月間ボディーブローをたたかれっぱなしになる。あまり延ばさない方がいい」と述べ、党役員人事だけでも前倒しするように勧めた。

 その上で、森氏は内閣をラグビーに例え、「フォワードに吹き飛ばされるような奴は置くな。勘の悪いやつをスタンドオフに置くな」とアドバイス。「これが最後のチャンスになるかもしれない」と念を押した。

勇気を持って

 中曽根氏は「選挙結果は芳しくなかったが、日本は国家的危機にあるので勇気を持って突破しなければならない。困難な時ほど政治家の本領が発揮されるものだ。あなたのおじいさん(首相の祖父の岸信介元首相)もそうだった」と激励。

虚心坦懐

 海部氏は「今は選挙直後でみなカッカしているが、国益の立場を踏まえれば乗り越えられる。虚心坦懐(たんかい)に野党と話し合い、説得してほしい」と助言した。

 一方、自民党総務会は1時間近く紛糾した。

 口火を切ったのは谷垣禎一前財務相。「なぜこれだけ批判を受けたのかしっかり総括すべきだ」と指摘。続いて加藤紘一元幹事長が「中川秀直幹事長、青木幹雄参院議員会長が辞任して、原因を作った側がそのままではおかしい」と首相続投を批判した。

 石破茂元防衛庁長官は「首相が『私か小沢一郎民主党代表の選択だ』と何回も訴えたのに、(続投を)有権者にどう説明するのか」、野田毅元自治相は「首相の道は1つしかない。決断したほうがいい」と首相退陣を求めた。深谷隆司元通産相は赤城徳彦農水相の事務所費問題の参院選への影響に言及し、「迷惑千万だ。(赤城氏は)即刻辞任してほしい」と不満を爆発させた。

 これを受け、丹羽雄哉総務会長は31日午後、首相官邸で総務会の意見を報告。首相は「厳粛に受け止めたい」と述べた。

http://www.sankei.co.jp/seiji/seikyoku/
070731/skk070731006.htm


あら?この人たちってみんな宦官???や〜ねぇ。。。


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posted by zara at 21:02| Comment(0) | TrackBack(10) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

町田同級生殺害 懲役11年

町田の女高生殺害、元同級生に懲役11年の判決…東京地裁

 東京都町田市で2005年11月、都立高校1年だった古山優亜(こやま・ゆうあ)さん(当時15歳)が自宅で刺殺された事件で、殺人罪に問われた元同級生の少年(17)の判決が31日、東京地裁八王子支部であった。

 小原春夫裁判長は「冷酷で残忍。極めて悪質な犯行だ」として、懲役11年(求刑・懲役15年)を言い渡した。

 判決によると、少年は05年11月10日午後6時15分ごろ、小学校時代以来の同級生だった古山さん方を訪れ、台所にあった包丁で古山さんの顔や首などを複数回切り付け、失血死させた。当時、自宅にいたのは古山さん1人だけだった。

 公判で弁護側は、少年は他人とのコミュニケーション能力などに問題を抱えているとしたうえで、殺意を否認、「古山さんが灰皿を振り上げたためパニックに陥った」と過剰防衛を主張した。さらに、「事件時の少年は心神喪失、もしくは心神耗弱だった」としていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070731-00000003-yom-soci



ラリーと呼ばれた少年の心の歪み・・・町田女子高生事件

11月10日、東京・町田市の都営住宅に住む古山優亜(こやまゆうあ)さん(15)が、殺害された事件は、同じ高校に通う少年Aが犯人と判明した。閑静な団地で起きた凶行は、音楽好きで活発な少女の夢を一瞬で砕いてしまった。
 同団地では1998年に男性が洋弓銃(ボウガン)で撃たれ殺害される事件が起きており、マンモス団地は再び悲しみに包まれた。

 ● 少年Aのあだ名はラリー
 古山優亜さんを包丁で50箇所以上もメッタ刺しにして殺害した少年A(16歳)。
 
 「週間現代」の12月3日号にAの人物像が掲載されている。
 Aは、犯行の翌日、負傷した手を包帯でグルグル巻きにした異様な姿で母親と登校していたという。

 母親は「昨日Aが転んで汚してしまったので、今日はブレザーがない」と、わざわざ息子の言い分を担任の教師に伝えに来た。
 級友が語るところによると、Aに特に取り乱した様子はなかった。
 「手、どうしたの?」と聞くと、「自転車でころんだんだ」と笑顔で答えていた。

 加害者のAのあだ名は「ラリー」。級友によると、「シルバーの自転車に乗って夜中に奇声を発するなどラリッたようだったから」だという。

 犯行の翌日、3時間目の数学の授業中にAから級友は、ゾッとするものを見せられた。
 
 「血がべっとりついた携帯電話です。ラリーが『こんなになっちゃったよ』と差し出した白い携帯電話を見ると、下3分の2ぐらいが血で赤く染まっていました。そこが乾いて、彼の指紋がくっきりとついているんです。
 
 ぞっとして返答に困っていると、ラリーはけがをした右手を上げ、『これじゃ大好きなゲームもできないよ』とニヤリと笑っていました」

 Aの人間性を考える上では、「週間新潮」の11月24日号が参考になる。
 
 少年Aは2年前に父親をガンで亡くし、それ以降、内向的な性格が強まったとみられている。
 少年Aの知人が語る。
 
 「今年の7月ごろかな。団地の商店街のベンチに古山さんが友達二人と座っている周りを、やっぱり自転車でグルグルと走り回っていました。
 古山さんはそんな彼を見て、明らかに眉をひそめて、引いている様子でした。」

 少年Aは、古山さんが友達と話していると、まるで自分の悪口を言われているような気になったと供述している。
 高校から自転車で帰る途中、『何も悪いことをしていないのに、古山さんから自分が憎まれるのはおかしい』と感じた、という。

 恋愛の被害妄想に関して、少年が自転車でグルグル回ったことに関しての小田晋教授の見解が、印象に残る。

 ○ 自分の気持ちが受け入れられなかった時、本当は自分が相手を憎んでいるのに、まるで相手が自分を憎んでいると妄想してしまうことがあるのです。

 ○ 少年が古山さんの周りを自転車で走り回ったという行動も、無意識に自分の縄張りに囲い込もうという呪術的な行動だったとも受け取れるのです。

 ● モデルとして登場、優亜さん
 古山優亜さんは、母親と二人暮らし。
 自宅近くの都立高校の1年生。
 小中学生向けのファッション誌にモデルとして登場したことのあるほど美人だ。
 
 中学時代は吹奏楽部に、高校ではギター部に所属していた。
 「学年で一番かわいい子」。中学時代の古山さんの評判は、近隣他校にも行き渡っていたという。

 友人の一人が話しをする。
 「中学時代からモテる女の子でした。みんな、可愛いといってたし・・・・・・。ブリトニー・スピアーズに似てるんです。彼女の元カレも”ブリトニーに似てるんだ”って自慢してたくらいです」

 ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)は、米国の人気女性ミュージシャン。
 ダンスもルックスも声も良く、三拍子揃ったマドンナ系のアーティスト。
 
 古山さんと同じ棟に住む女性(30)は
「同い年ぐらいの制服の男の子と団地の階段下でよく話していた。楽しそうだった」と話す。

 同じ都営住宅団地の60代の女性は「数年前にも殺人事件があった。
 また、同じ団地で事件が起きるなんて恐ろしい」と不安な表情だった。

http://same.finito-web.com/Dinform/crime/c051123.html




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posted by zara at 17:19| Comment(0) | TrackBack(29) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妹遺体切断事件 初公判

<妹遺体切断>兄の元予備校生が起訴事実認める 東京地裁

 東京都渋谷区の歯科医師の自宅で昨年12月、長女の短大生、武藤亜澄さん(当時20歳)が殺害され遺体が切断された事件で、殺人、死体損壊罪に問われた兄の元予備校生、勇貴被告(22)は31日、東京地裁(秋葉康弘裁判長)の初公判で起訴事実を認めた。弁護側は事実関係を認める一方で、勇貴被告の責任能力を争う姿勢を示した。

 勇貴被告は白いワイシャツ姿で、ややこわばった表情で入廷した。秋葉裁判長から「起訴状に違っているところはありますか」と問われると、かぼそい声ながら、はっきりとした口調で「ないと思います」と答えた。

 勇貴被告の裁判では、公判前整理手続きが採用され、争点は動機と責任能力の有無に絞り込まれている。「事件当時、心神喪失か心神耗弱状態だった」と主張する弁護側は精神鑑定を求めており、次回公判(8月8日)の被告人質問の内容などを検討し、裁判所が採否を判断するとみられる。

 起訴状によると、勇貴被告は06年12月30日午後4時ごろ、自宅で亜澄さんの首にタオルを巻いて締め付け、水を張った浴槽内に押さえ付けて沈めて殺害した(殺人罪)。同日午後6時半〜8時半ごろ、首や胴体などを包丁とのこぎりで切断した(死体損壊罪)。

 事件を巡っては、報道が過熱したことから東京地検が遺族の心情に配慮して「性的な興味や遺体への関心に基づく事件ではない」と異例のコメントを出した。また警視庁が殺害や切断に使った木刀やのこぎりなど証拠品4点を紛失している。【銭場裕司】

 ◇尊敬する両親に反抗的になった妹に憎悪感

 検察側は冒頭陳述で、勇貴被告が亜澄さん殺害を決意した経緯を詳述した。
 冒頭陳述によると、勇貴被告は数年前から、尊敬する両親に反抗的になった亜澄さんに憎悪感を抱いていた。4度目の歯学部受験を間近に控えた昨年12月30日、自宅で2人だけになった時に亜澄さんから「自分が勉強しないから成績が悪いと言っているけど、本当は分からないね」と言われた勇貴被告は、「お前はいくら勉強したって無駄だよ」という意味と受け取って怒り、木刀で亜澄さんの頭を殴りつけた。
 何度か殴ったあと負い目を感じて木刀を手放した。しかし、亜澄さんの「私には女優になってスターになる夢がある。勇君とは違う。勇君が歯医者になるのは、パパとママのまねじゃないか」という言葉に再び怒りが爆発した。

 歯科医を目指したのは、砂漠に草を植えて環境保護に役立つという夢を実現する資金稼ぎのためだった。ところが、亜澄さんに「親の物まね」と見下されたと感じ、「もう聞きたくない。この口を黙らせるには、もう殺すしかない」と決意した。殺害後は、家族に発覚しないよう遺体を隠さねばならないと考え、遺体をばらばらにした。

 一方、弁護側は冒頭陳述で「被害者に憎悪を覚えていたわけではなく『気に食わない』という程度に過ぎない。受験のプレッシャーも全くなかった」などと検察側主張に反論。殺害や死体損壊の動機が解明されていないと主張した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070731-00000020-mai-soci



180秒数え首絞め 渋谷歯科医師宅の妹殺害・初公判

 東京都渋谷区の歯科医師宅で昨年12月、歯科医の長女で短大生の武藤亜澄(あずみ)さん(当時20)が殺害され遺体が切断された事件で、殺人と死体損壊の罪に問われた亜澄さんの兄勇貴被告(22)の初公判が31日、東京地裁であり、被告は起訴事実を認めた。検察側は冒頭陳述で犯行に至るまでの経緯を詳述。弁護側は「被告は犯行当時、判断能力が低下していた」などとして刑事責任能力を争う方針を示した。

 勇貴被告は白いワイシャツのボタンを一番上まで留めて法廷に臨んだ。秋葉康弘裁判長から起訴事実について誤りがないかどうか聞かれ、「ないと思います」と答えた。

 公判には父親が証人として出廷。「勇貴と亜澄は悪い関係ではなかった。こんなことになるとは。事前に察していればよかった」「家内と私とで足りないところを補い合って、勇貴にもう少し家庭内のことを伝えてやれば良かった。反省している」と悔やんだ。

     ◇

 検察側は武藤勇貴被告の供述に基づいて作成した冒頭陳述で、被告が犯行当日、被害者から歯科医になることが両親のまねだと指摘され、自らの信念を否定されたと感じて殺害するまでの経緯を明らかにした。

 両親は歯科医で、長兄も大学歯学部に在籍する5人家族。勇貴被告も歯科医を目指すが、受験に3回失敗していた。一方、亜澄さんは短大に通いながら芸能事務所に入り女優を目指していた。

 昨年12月30日午後3時ごろ、自宅には被告と亜澄さんしかいなかった。

 「勇君は自分が勉強しないから成績が悪いと言っているけど本当は分からないね」。居間でテレビを見ていた亜澄さんが被告に言った。

 4度目の受験を控え、プレッシャーを感じていた。「勉強しても無駄」と言われたと感じた被告は、木刀で殴りつけた。

 「何すんの。何かしたかよ。何でたたくんだよ」。そう言い返した亜澄さんの口のきき方にますます腹を立てた被告は、続けて殴った。亜澄さんの付け爪(づめ)は飛び、顔は腫れ上がった。

 被告は以前から、尊敬する両親に反抗的な言動をする亜澄さんに憎悪感を抱いていた。午後4時ごろ、亜澄さんが口にする。「私には女優になる夢がある。勇君が歯医者になるのはパパとママのまねじゃないか」

 被告は「将来、砂漠を買って草を植えてオアシスを作り、環境保護に役立ちたい」という夢があり、資金稼ぎのために歯科医を目指していた。親の敷いたレールの上を走るだけだ――。そう言われたと受け取った被告は憤りを一気に爆発させた。「この口を黙らせるには殺すしかない」とタオルで首を絞め始める。

 以前、ドラマで180秒絞めれば人は死ぬという場面を見た記憶から、1から180まで数えながら絞めた。亜澄さんが呼吸を続けていたため、午後4時7分、浴室に亜澄さんを運んで顔を浴槽の水につけ、時計が10分を表示するまで底に押しつけ続けた。

 家の中の血痕をふき取った。午後6時半から2時間ほどかけ、浴室で包丁とのこぎりで遺体をバラバラにし、四つのポリ袋に分けて自室クローゼットなどに運び入れた。

 翌年1月3日。遺体は、両親が発見した。

http://www.asahi.com/national/update/0731/
TKY200707310163.html



渋谷・妹バラバラ殺人初公判【冒頭陳述要旨】

検察側が初公判で朗読した冒頭陳述の要旨は次の通り。
 罪状 殺人・死体損壊
 被告人 武藤勇貴

 【被告人の経歴】
 被告人は、昭和60年、武藤家の二男として東京都内で出生した。平成16年3月、私立高校を卒業した後、歯科医師を目指し大学歯学部への進学を望み、事件当時、4度目の受験を目指して予備校に通うなどしていた。被告人は、両親と長男、事件の被害者である妹の5人家族で生活していた。

 【被害者の経歴】
 被害者は、昭和61年、被告人の妹として出生した。被害者は、幼いころから不満があればそれをはっきりロにするようなところがあり、中学生のころから両親に対して些細(ささい)なことにも反抗的な言動を示すようになった。高校3年生だった平成16年12月ごろから翌17年5月ごろまで家出をするなどしたこともあった。
 しかし、被害者は、短大進学後、女優を目指すことになり、演技のレッスンなどを受けるなど充実した生活をおくるようになり、友人たちにもそれまでとは違った明るい表情を見せるようになるなど、将来に向かって希望を持って生活していた。

 【犯行に至る経緯】
 被告人は、兄や被害者である妹と違って比較的おっとりとした性格で、幼いころから、兄とはもちろん被害者とも比較的艮好な関係を持っていた。しかし、被害者が中学生のころから被告人の尊敬してやまない両親に対して反抗的な言動をするようになったのを目にし、次第に被害者に対する憎悪感を抱くようになっていった。

 【犯行の状況】
 平成18年12月30日、母親と長男は、帰省し、父親も仕事で外出していたため、被告人は、被害者と2人だけで自宅にいた。その日の午後3時ごろ、被告人は、自宅3階の自室を出て自宅2階の居間に行ったところ、テレビを見ていた被害者から「勇君は、自分が勉強しないから成績が悪いと言っているけれど、本当は分からないね」などといわれた。
 被告人は、このときの被害者からの言葉を、「お前はいくら勉強したって無駄だよ」と言われているものと受け取った。被告人は、成績の振るわない被告人の受験姿を見た両親から歯学部以外の学部を受験することや専門学校への進学を勧められたものの、あくまでも歯科医師になりたいとの希望を持って4度目の歯学部受験を間近に控えていた。合格しなければならないという相当なプレッシャーを感じる一方、勉学に集中できず、成績が上がらないことに悩んでいた。
 そのような時期に、憎悪感を抱いていた被害者から「いくら勉強しても無駄」という意味のことを言われたことで、被告人は、被害者に対する強い憤りの感情を抱いた。
 そこで、被告人は、2階の居問から3階自室へ向かう被害者の後を素早く追うと、3階廊下に置いてあった木刀をつかみ、被害者の自室前で、被害者の後頭部を背後から1回、思い切り力を込めて殴り付けた。
 被害者は「ギャー」と声を出し、両手で後頭部を押さえて、その場にしゃがみ込み、壁を背にして被告人と向かい合いになった。そして、被告人に対して、「何すんの。何かしたかよ。何でたたくんだよ」などと言い返してきた。
 被告人は、このような被害者のロのきき方にますます腹を立て、しゃがみ込んでいた被害者の頭部目がけて、持っていた木刀で5、6回殴り付けた。これに対して、被害者が「ウォー」とうなり声をあげながら、左手を伸ばして木刀をつかもうと抵抗してきたが、被告人は、被害者のその左手を自らの左手でつかみ、右手に持った木刀で、被害者の頭部をまた4、5回、殴り付けた。そのため、被害者のつけつめが飛び、被害者の右目付近が腫れ上がった。
 被告人は、被害者が「痛い。分かった。分かったからもうやめろ」と怒鳴ったことで、ようやく被害者を殴るのをやめた。そして、被害者が「私が何かしたか。何でこんなことすんだよ」などと文句を言ってきたのに対して、被告人は「お前が生意気を言うからだ。何、調子こいてんだ。とうちゃん、かあちやんに生意気な態度で」などと切り出し、よつんばいになってはって逃げようとする被害者の左手をつかみ、右手を足で踏みつけて逃げ出せないようにした上で、日ごろの被害者の両親に対する言動を非難するなどした。
 しばらくすると、被害者が歯をガチガチさせながら寒気を訴えてきたことや、被告人としても被害者を木刀で殴ったことに対する負い目を感じていたことから、木刀を手放し、座り込んだ被害者の肩付近に3階廊下の洗面台のところに置かれていたタオルを掛けてやったりした。
 しかし、被害者が「右手が痛えんだよ。足どけよ。私は女優なんだよ。自分で稼げるようになって、こんな家、出ていってやる」などと怒鳴りだしたため、被告人には、再び被害者に対する怒りが込み上げてきた。
 同日午後4時ころ、被害者が、被告人に対して、「私には女優になってスターになる夢がある。勇君とは違う。勇君が歯医者になるのは、パパとママのまねじゃないか」などと言った。被告人は、この言葉を「特に自分でやりたいこともなく、親の引いたレールの上を走るだけだ」という意味だと受け取った。被告人が歯科医師を目指していたのは、将来、砂漠を買ってそこに草を植えてオアシスを作り環境保護に役立ちたいという夢があり、そのための資金稼ぎをしたかったからであり、両親のまねをしたいと思ったからではないという気持ちがあった。
 このように、被告人としては自らの信念で歯科医を目指しているにもかかわらず、これを被害者から否定され、親の物まねをしているだけと見下されたことで、被害者に対する鬱積(うっせき)した憤りが一気に爆発し、「もう聞きたくない。この口を黙らせるには、もう妹を殺すしかない」と考え、殺害を決意した。

 被告人は、向かい合っていた被害者の前にかがみ、被害者の肩に掛けていたタオルを被害者の首の前で交差させて巻きつけ、タオルのそれぞれの端を右手と左手で握り、両手の拳を上向きにして、両手を左右に開くように力いっぱい伸ばして被害者の首を絞め始めた。
 被告人は、以前見たドラマで180秒首を絞めれば人は死ぬという場面を見たような記憶があったことから、被害者の首を3分間絞め続けようと考え、1から180まで数えながら被害者の首を絞め続けた。
 被害者は、首を絞め始めた最初の一瞬だけ「ウッ」とうなり、その後次第に顔を青ざめさせていき、間もなく床にあおむけに倒れ、脚を伸ばしたり縮めたりしてわずかに逃れようとしたが、被告人は、被害者に覆いかぶさりながら数を数えて被害者の首を絞め続けた。
 被告人が被害者の首を絞めて120くらいまで数を数えたころ、被害者が口から舌を出したが、被告人は、180を数えるまで被害者の首を絞め続けた。
 被告人は、180を数えたところで、被害者が死んだものと思って、被害者の首を絞めていた手の力を抜いた。このとき被害者は、既に意識を失っていたが、まだ呼吸を続けており、それがいびきのようなうなり声になっていたことから、被告人は、被害者がまだ死んでいないと分かった。
 そこで、被告人は、被害者の息の根を止めるため、今度は被害者の顔を水の中に沈めて殺そうと考え、あおむけに倒れていた被害者の両手をつかんで引っ張り、3階から2階浴室まで、廊下や階段部分もその状態のまま引きずって運んでいった。
 被告人が被害者を浴槽に運んでいって風呂のふたを開けたところ、浴槽には水が7分目くらいまで入っていたことから、被告人は、被害者を持ち上げて、水が張られた浴槽に同女を仰向けの状態で入れ、被害者の首を右手でつかんで押し下げ、被害者の頭を浴槽の底に付けて頭全体を水の中に沈めた。
 そのとき、被告人が浴室の時計の時刻表示を見たところ午後4時7分になっており、被告人は、被害者の息の根を止めるためにはこのときも3分間被害者を水の中につける必要があると考え、浴室の時計が午後4時10分を表示するまで、右手で被害者の首を押さえて、その顔面を水没させ続けた。途中、被害者がビクンビクンと身体を数回波打たせるように動いたが、浴室の時計が午後4時8分か9分を表示するころには被害者は全く動かなくなり、被告人は、被害者が確実に死んだと思ったが、当初の計画どおり、浴室の時計が午後4時10分を示すまで、被害者の頭部を浴槽の底に押し付け続け、そのころ、被害者を窒息死させた。
 その後、被告人は、帰宅する父親に被害者殺害を気付かれないようにするため、2時間ほどかけて、3階廊下から2階浴室までの間に付着した被害者の血痕をぞうきんで丹念にふき取った。
 被告人は、このふき掃除をしながら、血痕をふき取っても被害者の遺体がそのままになっていれば帰宅した父親に被害者殺害が発覚してしまう、遺体を隠さなければならないと考えた。
 そして、被告人は、被害者をバラバラに解体した上で、自宅の自分の部屋に隠そうと考え、被害者の遺体解体を決意した。
 被告人は、台所にある包丁と自室に置いてあったノコギリを浴室に持ち込むと、同日午後6時30分ころから同8時30分ころまでの間、浴室洗い場において、被害者の遺体を上記包丁とノコギリを用いて解体した。
 被告人は、包丁やノコギリを使って被害者の両手首、両肘、両肩、両足首、両膝、両脚の付け根、首を切り落とし、腰を折って胴体部分を2つに分けた。
 被告人は、このように被害者を解体した上、これらを4つのビニール袋に分けて入れた上、自室のクローゼット内などに運び入れて隠した。

 【犯行後の状況】
 被告人の父親は、同日午後11時過ぎころ帰宅したが、被害者が殺害されたことに気付くことはなかった。
 被告人は、翌31日午後3時ころ、予備校の冬期合宿に参加するため、父親の運転する自動車で都内にある予備校まで送ってもらった。その際、被告人は、被害者の死体の腐敗臭から犯行が発覚することをおそれ、父親に対して、「自分の部屋に鮫の死体がある。合宿から帰ったら自分で始末するから、部屋には入らないでほしい」などと話した。
 父親は、被害者と連絡が取れなかったことから、同日深夜、自動車を運転して、妻と長男らが待つ妻の実家に向かった。
 両親と長男は、新年が明けた平成19年1月2日午後11時過ぎころ帰宅した。
 両親は、翌3日になっても被害者と連絡がとれないことに不審を覚え、室内を見回り、被告人のクローゼット内に置かれたビニール袋に収められた被害者の切断された遺体を発見した。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/72390/



この件についての過去記事
http://zara1.seesaa.net/article/31112375.html
http://zara1.seesaa.net/article/30917470.html
http://zara1.seesaa.net/article/30851343.html
http://zara1.seesaa.net/article/30820506.html
http://zara1.seesaa.net/article/30815577.html




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posted by zara at 13:20| Comment(0) | TrackBack(4) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月30日

サッカー小僧謝る 動画あり

<朝青龍>サッカー問題で理事長に謝罪…「反省しています」

 大相撲の横綱・朝青龍が腰骨の疲労骨折などで夏巡業の休場届を出しながら、モンゴルでサッカーをしていた問題で、朝青龍が30日、日本に戻って日本相撲協会に出向き、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)とともに北の湖理事長に謝罪した。朝青龍は「反省しています。日本で治療して、来場所頑張ります」と話した。高砂親方は、朝青龍が31日に入院することを明らかにし「巡業には出られないと思う」と述べた。

 この日、診断書を出した担当医の所見が協会を通じて発表された。所見は「左ひじのけが(靭帯=じんたい=損傷など)はX線検査上、今でも手術しなくてはいけないほど」「腰の骨折は検査と本人の訴え、診察所見を総合した」「約6週間程度の休養、加療は手術をしたことを考えて決定した」としている。

 だが、休場届を出した25日に、モンゴルで元日本代表の中田英寿氏らとサッカーをした映像が日本のテレビに流れた。巡業部は「腰の骨を折ってサッカーができるのはおかしい」と不快感を示し、朝青龍抜きでの巡業を検討していることを30日、理事長に報告した。
 高砂親方と朝青龍の理事長への事情説明は、当初31日の予定だったが高砂親方は「本人の希望で理事長に面会をお願いした」と謝罪を急いだ経緯を説明。「(サッカーは)モンゴル政府に頼まれて出たと聞いたが、許されることではない。私の監督不行き届きもあり、反省している」と語った。
 8月1日に緊急理事会が招集され、朝青龍と高砂親方に処分が下される方針。【上鵜瀬浄】

 ▽日本相撲協会・大島巡業部長(元大関・旭国) すでに朝青龍が休場したものとして計画を進めている。処分については理事会で、上(北の湖理事長)が判断することでしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070730-00000108-mai-spo



朝青龍がサッカー問題で謝罪 「反省している」

 大相撲の横綱朝青龍(26)=本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ、モンゴル出身、高砂部屋=が30日に帰国し、腰の疲労骨折などを理由に8月の巡業休場を申し立てながらモンゴルでサッカーに興じていた問題について「反省している。日本で治療し、来場所は頑張ります」と謝罪した。 午後4時過ぎに成田空港に到着した朝青龍は、そのまま東京・両国国技館内の日本相撲協会を訪問。師匠の高砂親方(元大関朝潮)とともに北の湖理事長(元横綱北の湖)に事情を説明した。

 北の湖理事長は無言を貫いたが、高砂親方は「明日、入院する。モンゴル政府に頼まれてサッカーをしてしまった。朝青龍同様、私も反省しないといけない」と陳謝した。

 協会は8月1日に理事会を開き、朝青龍と高砂親方への処分を決めることにしている。

紋付き姿で神妙に

 仮病による巡業休場疑惑に揺れる渦中の朝青龍が帰国し、神妙に頭を下げた。31日に入院して治療に専念するというが、サッカーをしていた事実を重くみる日本相撲協会は8月1日に臨時理事会を開いて、処分を下すことを決めた。普段は静かな本場所直後の両国国技館には大勢の報道陣が集まり、異様な雰囲気に包まれた。

 空港では着流し姿だった朝青龍が紋付きはかまの正装に着替えて両国国技館に姿を見せた。理事長室で行われた北の湖理事長(元横綱北の湖)、師匠の高砂親方(元大関朝潮)、朝青龍の3者会談は20分あまりに及んだ。

 朝青龍がけがの状態やモンゴルでサッカーをした経緯を説明したとみられるが、北の湖理事長は口を閉ざしたまま。報道陣に取り囲まれた朝青龍も謝罪の意を示しただけだった。一方、高砂親方は「理事長には、あした説明する予定だったが、(朝青龍は)帰国してすぐに来た。反省しているということだろう。私も注意していかなければならない。病状は重く、8月の巡業には出られない」と述べた。

 朝青龍が訪れる前には、巡業部が理事長と高砂親方らを交えて会談。怒り心頭の巡業部はすでに朝青龍に対して巡業休場を言い渡しているが、協会も8月1日に臨時理事会を招集し、処分を下す方針を決めた。

 朝青龍が提出した診断書自体にも疑惑の目が向けられる中、診断書を出した三重県四日市市内の病院は「左ひじは手術をしなければいけない状態で、第5腰椎も疲労骨折している」とのコメントを発表。全治を6週間とした理由については「左ひじの手術をすることを前提に決めた」と説明した。

 騒動には事欠かない朝青龍だが、仮病による巡業休場となれば前代未聞の不祥事となる。さすがのお騒がせ横綱も小さくなっていたが、協会は厳しい姿勢で処分を下すことになりそうだ。

asssk.jpg

http://www.sankei.co.jp/sports/fight/070730/fgh070730001.htm




謝って済む問題か?八百長、出稽古、ずる休み。。。ま、この男は日本をなめてるのは間違いない。ここ数年、朝青龍におんぶに抱っこの協会も、これは厳しい処分を下さねばなるまい。

先ほどのニュースで、明日入院すると報道されてました。
あれ?サッカーで怪我でもしたのかな?

この件に関する過去記事

朝青龍 仮病疑惑 動画あり




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posted by zara at 21:12| Comment(1) | TrackBack(3) | スポーツ全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安倍晋三に辞めろコール 味方はあの人だけ 動画あり

安倍自民が惨敗、続投宣言に党内猛反発

 安倍自民党が歴史的惨敗を喫した。第21回参院選は29日、投開票が行われ、自民党は公明党との与党で、非改選と合わせても参院の過半数維持に必要な64議席を獲得できず、結党以来初めて参院第2党に転落した。獲得議席は橋本龍太郎首相(当時)が引責辞任した98年の44議席にも遠く及ばず、過去最低の89年36議席に迫る状況。安倍晋三首相(52)は、惨敗の責任を認めながらも続投表明したが、党内からは公然と首相への辞任要求が出ている。

 安倍首相は午後9時半、党本部に入り、無表情で当選者の名前にバラの花をつけた。与党が参院で過半数を維持する「64」を大きく割り込み、橋本首相が退陣に追い込まれた44議席も割り込んだ。89年の史上最低議席36に迫る「想像もできない」(幹部)惨敗だった。

 しかし、安倍首相は早々と続投を表明した。「私の責任は極めて重い」と認めたが、「基本的な政策は間違っていなかったと思うし、国民のご理解をいただいている。反省すべきは反省し、新しい国づくりを進めたい。改革を続行する約束を果たすのが私の責任」と繰り返した。安倍政治への「NO」が惨敗という形になっても、「国民の理解をいただいている」と言い張った。「政権運営は厳しいが、信念を持って野党の話にも耳を傾けて結果を出していきたい」と、独りよがりの理論を並べた。

 必然の結果だった。最終盤まで、自民党は選挙を戦える態勢ではなかった。消えた約5000万件の年金記録問題の後手後手の対応がたたり、支持率は5月下旬から急落。相次いで閣僚に事務所費問題が取りざたされ、疑惑が持たれた松岡利勝前農水相は自殺した。久間章生前防衛相(66)の「原爆投下はしょうがない」など失言も相次いだが、松岡氏の後任、赤城徳彦農水相(48)の事務所費問題が追い打ちをかけた。赤城氏は領収書の公開を一切拒否。さらに二重計上も発覚し、国民の不信感を増幅させたが、これらの閣僚を任命したのは首相だった。

 首相周辺は「逆風は総理の問題ではなく、閣僚の問題」(石原伸晃幹事長代理)と責任論を封印。中川秀直幹事長(63)は辞表を提出、青木幹雄参院議員会長(73)も辞意表明したが、負けても責任を取らない首相に、党内は一枚岩ではない。後藤田正純衆院議員(37)は「美しい日本なら美しい責任の取り方がある。再チャレンジなら政治家としての再チャレンジもある」と辞任を要求。加藤紘一元幹事長(68)は続投について「首相本人だけでなく自民党も傷つくのではと憂慮する」と批判した。舛添要一氏(58)は「学芸会内閣のツケ。自民党がゴキブリやヘビ、ネズミと同様に『これだけは嫌』と拒否政党になった」とぶち切れた。

 首相は30日未明、落選報告に訪れた保坂三蔵氏(68)に「申し訳ない」と、わびた。近く、内閣改造と執行部人事で人心を一新する意向だが、「続投しても2〜3カ月で政権は立ちいかなくなる」(無派閥議員)との見方が強い。昨秋の総裁選で、小泉純一郎前首相(65)を継ぐ「選挙の顔」を期待されて総裁になった安倍首相は同僚にも民意にも見放され、がけっぷちに立たされた。

http://www.nikkansports.com/general/
p-gn-tp0-20070730-234452.html



自民県連は首相続投表明に批判も 「理解得られぬ」

 参院選での歴史的大敗を受け、自民党の地方組織から安倍首相の辞任を求める声が上がり始めた。閣僚の不祥事などへの首相の対応が不十分で、党への逆風を招いたと見ているためだ。一方で、「参院選は政権選択選挙ではない」と、首相の続投方針に理解を示す意見も多い。

田中セツ子・京都府連幹事長は青木参院議員会長の辞意表明を挙げ、「(首相は)自分で判断すべきだと思うが、このような状況の中で自分だけ続投というのは不自然。国民の理解を得られないのではないか」と指摘した。原亮介・兵庫県連幹事長も「けじめをつけるべきだ。党内議論もないうちに続投を表明したのはあまりに軽率だ」と手厳しい。

 前職が落選した青森県の冨田重次郎幹事長は「当然辞任すべきだ」と話し、「一部の閣僚の不祥事、特に政治とカネの問題に対する不信感が根底にあって、(年金問題などに関する)自民党の説明が受け入れられなかった」と振り返った。

 「安倍さんを非常に評価してきたが、この結果なら退陣するべきだ」(臼井成夫・山梨県連幹事長)、「この戦いで勝てない人が次の戦いで勝てるとは思わない」(今津寛・北海道連会長)、「挙党態勢を目指すなら、(続投は)許されるのか」(遠藤利明・山形県連会長)、「結果を見れば辞めざるを得ないと考えている。安倍さんはナンバー2、3の時は党に風をもたらしたが、ナンバー1になって技量を発揮できなかった」(山本勝・三重県連幹事長)といった批判が次々と上がった。

 岐阜県連の尾藤義昭幹事長も、一連の不祥事が政治不信につながったとして「自らが結果を謙虚に受け止め、考える必要がある」と語った。

 一方、擁護論も少なくない。「参院選は政権選択選挙ではない」(鈴木洋一・秋田県連幹事長)、「首相はまだ若い。衆院では大多数の議席を持っている。辞任したら政局を混乱させる」(小林秀央・愛知県連幹事長)などが主な理由だ。「首相は昨年9月に就任したばかり。年金問題は何十年も前からあった」(石井修・新潟県連幹事長)とする声もあった。

 また、「教育改革など安倍さんでないとできないことがたくさんある。しっかりした大臣を選んで仕切り直してほしい」(梶克之・栃木県連幹事長)との声もあった。

 ただ、擁護しつつも「条件付き」という声も多い。石井秀夫・佐賀県連幹事長は「仲良しグループじゃもうだめ。党が変わったという姿勢を示さなければ国民の支持は取り戻せない」と早期の内閣改造を求めた。

 「中川幹事長が責任をとるというのだから(続投は)仕方がない」(内田茂・東京都連幹事長)、「本人が判断すること」(金子泰造・群馬県連幹事長)と、直接の言及を避ける人も多かった。

http://www.asahi.com/politics/
update/0730/TKY200707300216.html



舛添氏、安倍痛烈批判「総選挙でも負ける」

早すぎる続投宣言に「フライング。反感買う」

 「国民の感覚からズレている」。自民党の舛添要一参院政審会長が29日深夜、夕刊フジの単独インタビューに応じ、安倍晋三首相が開票が終わらないうちに続投宣言したことについて、「フライングだ。自民党を立て直そうにも反感を買う」と痛烈に批判した。また、今後の内閣改造など人事に失敗した場合、「自民は(総選挙でも)負ける」と政権を逸する可能性を示唆。舛添氏が安倍自民の危機的状況を明かす。

 「(安倍首相の)年金問題に対する説明がまず過ぎる。(民主党代表代行の)菅さんが厚相のときのことだとか、そういうことは言っても意味がない。それに、閣僚が次々と(原爆、アルツハイマーなどの)不謹慎な発言をした。そういうことが非常に効きました」

 みけんにしわをよせ、あきれ返るように語る舛添氏。目は怒りの炎に満ちている。

 「(続投宣言は)全部の(投票)結果が出てから言うべきですよ。フライングです。負けたら普通は同情されたりするけど、あまり早く言うと反感を買う。衆院で(与党が)3分の2(議席)を持っているから強く言えるんだろうけど、世間の常識からすると合点がいかない。橋本さんと宇野さんはさっと辞めた。当時、(衆院で)3分の2を持っていなかったからだろうけどね」

 ため息をつき、ひと呼吸置いた後、「まぁ、安倍首相が続投というのなら、それを受け入れてやるだけです。挙党一致でね」。辞任しろ、退陣すべき…とまでは言わない。だが、早々と続投宣言した姿勢をどうにも理解できない様子だった。

 その舛添氏が今後、最も懸念するのが内閣改造、党3役などの人事という。

 「民主が第1党になったことで、法案が毎回審議される異常な状況になる。そのとき、民主の姿勢を突いて、党利党略でやっているというイメージを与えられるかどうか。あるいは、民主の法案をあえて丸飲みして、政策の力量を問うようにできるか。そういうテクニックを弄せる寝業師を置かないといけない」

 人事を盤石にできないなか、解散、総選挙になった場合、「自民は負けますよ」と“予告”した。自殺、辞任、疑惑、不謹慎発言。そんな閣僚しか選べない首相だけに不安感は増すようだ。

 ひとしきり苦言を呈した後、「この前、夕刊フジ(3日付)で最悪、(29ある1人区を)4勝25敗(総獲得議席で38勝)と言ったでしょう。本当にその通りのような状況になったじゃん?」とニヤリ。

 「あれが載った後、(周囲から)相当怒られたんだけど、普通の政治家なら、『先生のおっしゃった通りに頑張って気を引き締めます』となる。陣営も引き締まる。それが『あんなこと書かれたら戦えない』ときた。だから皆、落ちているんですよ。感覚がズレている」

 大敗の要因は年金、閣僚に限ったことではなく、安倍自民の構造的な問題にありそうだ。

http://www.zakzak.co.jp/top/2007_07/t2007073026.html


<参院選>有権者は厳しい目 「退陣を」「誰でも同じ」

 退陣すべきなのか、続投すべきか。自民党の参院選大敗から一夜明けた30日、「これからも責任を果たしていく」と続投宣言した安倍晋三首相の対応に、有権者や落選候補者からは厳しい声が起きた。

 札幌市のタクシー運転手、古山繁さん(62)は「この結果は国民の怒りの表れ。大敗は安倍首相の責任であり、退陣すべきだ。総理大臣になるのが早かった」と冷ややかに語った。「小泉純一郎前首相が進めた構造改革が一番良くない」とも指摘し、タクシー業界などで進んだ規制緩和を強く批判した。

 大阪市天王寺区の会社員、三井嘉代子さん(36)も「安倍さんが事務所費とか政治とカネの問題で身内をかばい過ぎた。国民に分かりやすい明確な対応をしなかったのが、あかんかった」。続投宣言には「もう辞めるしかないでしょう。きっぱりと責任を取るべきです」と語った。

 大分市の男性会社員(48)も「ここで辞任しないのは『責任を取らなくていい』ということで、それが通るなら、今後も政治家が言いっぱなし、やりっぱなしになりかねない」と批判する。

 一方、東京都豊島区の無職、杉山佐知子さん(75)は「安倍さん自身はそんなに悪くなく、大臣が足を引っ張っている感じ。安倍さんが辞めないのは、代わりの人がいないから仕方がないでしょ。今度は大臣の選び方に気を付けてほしい」と話した。

 名古屋市西区、パート従業員、本谷富子さん(57)は「年金も重要だが、それ以外にも介護や教育など問題が山積している。これらを解決してほしい。誰が首相になっても同じでは。まず安倍さんがどうするかしばらく様子を見たい」と話した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070730-00000059-mai-pol



誰が何と言っても、この人だけは安倍晋三の味方です。







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posted by zara at 16:59| Comment(0) | TrackBack(30) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小田実氏死去

<訃報>反戦運動の旗手、作家の小田実さん死去

 元「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)代表で、ベトナム反戦運動など市民運動の先頭に立った行動派の作家、小田実(まこと)さんが30日午前2時5分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。75歳。自宅は兵庫県西宮市大浜町1の41の801。
 大阪市生まれ。東大卒業後にフルブライト留学生として渡米。南米や欧州、アジアなどを回った旅行記「何でも見てやろう」(1961年)はベストセラーとなった。

 65年には米軍の北ベトナム(当時)爆撃に反対する哲学者の鶴見俊輔さんらと反戦運動を開始。ベ平連を結成し、代表になった。大規模なデモやワシントン・ポストなど米紙へ意見広告を掲載して注目を集めた。ベ平連は米軍が撤退した後の74年に解散。その後も湾岸戦争の際には同様の意見広告を出すなど、一貫して反戦の立場を貫いた。
 95年1月の阪神大震災は西宮市の自宅で遭遇。恒久的な公的支援の法制度を作るために奔走し、98年の「被災者生活再建支援法」成立の原動力にもなった。

 ◇  ◇

 文学者としての小田さんは、虐げられる側、庶民の目線を大切にしながら、民族、国、性などをつぶさに見据え、その成果を小説などに結実させた。

 デビュー作は1951年に出版された小説「明後日の手記」。デビューの2年前、高校2年だった小田さんは兄事していた作家、中村真一郎さん(故人)を通じ、当時、名編集者として鳴らしていた文芸誌「文芸」の坂本一亀さん(同)に出会い、出版を勧められた。

 若者の好奇心に火をつけ、ベストセラーになった旅行記「何でも見てやろう」(61年刊)を書くように勧めたのも坂本さんだ。
 最初の長編小説「アメリカ」(62年刊)では、米国内での人種差別などに実直に目を向けていて、後にベトナム戦争を市民の目から徹底的に批判していく小田さんの文学的なスタンスが見て取れる。

 大阪のブルジョアの女生大学院生の恋愛を通じて日本の縮図を映し取った長編小説「現代史」(68年刊)、遺骨収集を素材に戦争の痕跡を描いた政治小説「ガ島」(73年刊)をはじめ、長編3部作といわれる「冷え物」「羽なければ」「円(まる)いひっぴい」(77年刊)がある。

 この10余年の間でも、終戦直後の大阪の闇市を舞台にした「大阪シンフォニー」(97年刊)、川端康成文学賞を受賞した短編「『アボジ』を踏む」(98年刊)、戦争末期の日本軍の玉砕をテーマにした「玉砕」(同)、阪神大震災をモチーフにした「深い音」(02年刊)など旺盛な創作意欲は衰えず、最期まで文芸誌「すばる」の連載を続けていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070730-00000022-mai-soci



小田実

(おだ まこと、1932年6月2日 -2007年7月30日 )は日本の作家、平和活動家。元・代々木ゼミナール英語科講師。ベ平連創設者。九条の会の呼びかけ人の一人。妻は在日朝鮮人(北朝鮮国籍)の画家玄順恵(ヒョン・スンヒェ)。

プロフィール

生い立ち

大阪市出身。旧制天王寺中学(現大阪府立天王寺高等学校)に入学するが、学制改革により新制大阪府立夕陽丘高等学校を卒業する。東京大学文学部言語学科卒(古代ギリシア語専攻)を卒業し、東京大学大学院西洋古典学科在学中に、フルブライト奨学金留学生(つまり事実上のアメリカ合衆国政府による国費留学生)としてアメリカのハーバード大学に留学する。


作家活動

政治活動にばかり関心が向かいがちだが、小田の作家としての業績は大きく、中上健次、大江健三郎ら多くの文学者と親交があり、これまで数多くの小説・評論・エッセイを世に送り出している。少年時代より小説の執筆を開始。高2で『明後日の手記』を書き、翌年に出版している。中でも代表作である1968年の『何でも見てやろう』は、当時ベストセラーとなった。また『ベトナムから遠く離れて』(講談社1991年)は、足掛け10年かけて書かれた、全3刊7千枚に及ぶ労作で、三島由紀夫の『豊饒の海』、[[大岡昇平の『レイテ戦記』、大江健三郎の『同時代ゲーム』以来途絶えていた、硬派長編文学の伝統を見事に復活させ、読売新聞の書評では、「世界像を再構築した巨編であり、一つの文学的事件」「小田実は人類の壮大な悲劇を内包する喜劇を書いた」と絶賛された。

1970年、小田実・開高健・高橋和巳・柴田翔・真継伸彦らと季刊同人誌『人間として』発刊。
1991年3月18日、湾岸戦争終結後間もなく、米紙ニューヨークタイムズに『国際紛争は武力では解決できない』(International conflict cannot be resolved by military force)とする意見広告を掲載する81名の呼びかけ人に名を連ねた。映画監督宮崎駿も含まれている。声明は、日本と世界の歴史的経験を踏まえ、日本国憲法の戦争放棄の理念を訴える内容で、米国市民から約800通を超える反響があり、その内約75%が声明に賛成、若しくは感謝を表明するものだった。州最高裁判事、大学教授、パクスクリスティ、ニューヨーク州立大学やカルフォルニア州立大学の学生グループなど、幅広い層からの連帯と対話を求める意見は、1冊の本『アメリカは正しいか〜湾岸戦争をめぐる日米市民の対話』(第三書館)に纏められている。湾岸戦争中、孤立していた米国市民らが、声明に感動し、互いに電話をして意見広告の存在を知らせ合ったり、意見広告を送り合ったりした。華氏911のマイケル・ムーア監督もこの声明に影響を受けたと発言し、米国でオーバービーオハイオ大学名誉教授らが9条の会を結成する契機にもなった。いくつかの手紙を紹介すると、「私の友人の多くがこの声明を読んでいます。そして読んだ人の全てが深く心を打たれています」(女子大生)、「皆さんに心から感謝を奉げる為にこの手紙を書いています。過去数ヶ月間、忌わしい記事で埋まったこの新聞に、私が見出した唯一の希望の光だったのです。全ての日本人に対する尊敬と賞賛を高めました」(在米ドイツ人医師)、「私は娘を呼んでこう言いました。70歳という歳になるまで戦争の理非についての私のい考えを、これ程までに適切に表現してくれた言葉は聞いた事もなかった」(70代男性)などと、その多くは、孤立していた反戦派が心情を吐露する内容だった。
1992年、ニューヨーク州立大学で、明治時代に自由党の旗揚げに関わった自由民権運動家であり、日本にジャン・ジャック・ルソーの著作を紹介し、東洋のルソーと呼ばれた中江兆民の『三酔人経綸問答集』を教材に2年間「日本学」を教えた経験を持つ。
メルボルン大学、西ドイツのベルリン自由大学など、世界各地の大学で教壇に立った経験がある。日本では、2001年、慶應義塾大学経済学部の専門特殊科目「現代思想」の特別招聘教授などを歴任している。
1997年、『アボジを踏む』(群像十月号) で、第24回川端康成文学賞受賞。著者40年の歳月をかけた全体小説。
『HIROSHIMA』で、ロータス賞受賞。
英国BBC放送で、短編集玉砕がラジオドラマ化された。
2002年、米国の雑誌タイムズ(アジア版)は、「アジアの英雄」に25人を決定し、日本からは、中田英寿、イチロー、北野武らと共に、小田実が選ばれた。選定理由は、「自らに対する疑いを克服し、ほとんど見込みのない中で目標を確実にやり遂げようとしており、多くの人がその未開発の潜在能力の高さを証明している」というものだった。
2007年、オランダで開催されたフィリピンの人権抑圧に関する民衆法廷に出席。
オランダからの帰路、トルコも旅して帰国後の2007年5月自身が胃ガンである事を公表した。化学療法を続けながら執筆活動を続けていたが、同年7月30日、胃がんのため東京都内の病院で死去。享年75歳。

べ平連

60年安保の時期から、平和運動を開始する。ベトナム戦争期は、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)「日本はこれでいいのか市民連合」を結成。平和運動や市民運動の活動家として良く知られるようになった。しかしその後、ソ連崩壊によって、KGBがベ平連に資金的・物理的援助を与えていたというソ連共産党機密文書が公開された。

公開された旧ソ連共産党機密文書(英訳版)によれば、ベ平連のKGBとの結び付きは、吉川勇一がKGBの代表者に資金援助を依頼したことに始まる。当時のアンドロポフKGB議長がソ連共産党中央委員会に提出した報告書には小田と吉川が名指しで登場しており、アンドロポフ議長は党中央委員会に、

Exploiting the KGB's secret contact with the leaders of the Japanese committee "Peace to Vietnam," assist the committee to continue its activities including material support when needed to expand its propaganda activity and to accomplish illegal transportation of American military deserters from Japan to third countries.

とすることを勧告した。さらにアンドロポフ議長は、この報告書を、

the KGB is prepared through unofficial means at its disposal to assist in maintaining contact with the leadership of the Japanese committee "Peace to Vietnam" as well as in influencing it to the advantage of the Soviet Union.

と締め括った。ベ平連は、ソ連の利益のためにKGBの援助を受けて反米プロパガンダ活動を行う組織だったことが、KGB議長のソ連共産党中央委員会あて報告書の公開で明らかにされてしまったのである。

吉川勇一が相手がKGBであると意識してソ連大使館関係者と接触していたことは、現在では吉川勇一本人も認めている。

これにより、ベ平連や小田実、吉川勇一のイメージは大きくダウンした。


北朝鮮との関係

1970年代に当時の軍事政権に迫害された韓国の金大中の救出運動にも加わった。同時に北朝鮮を「地上の楽園」と賛美するキャンペーンを行った進歩的文化人を代表する一人だった。たとえば小田実は『私と朝鮮』(1977年)の中で、

第三世界にとって、かつては日本が進歩のモデルだった。 しかし、今、そのモデルは、例えばアフリカの多くの国にとって、 北朝鮮にとって代わられようとしている。
彼らの暮らしにはあの悪魔のごとき税金というものが全くない。これは社会主義国をふくめて世界のほかの国には未だどこも見られないことなので特筆大書しておきたいが、そんなことを言えば、人々の暮らしの基本である食料について「北朝鮮」がほとんど完全に自給できる国であることも述べておかねばならないだろう。
と書いている。

そして北朝鮮側が日本人拉致を認めた後は、

1963年に日本が韓国との国交正常化に歩み始めた時から北朝鮮とも国交回復していれば、拉致はなかった。小泉首相は拉致家族に国の政治責任を謝罪すべきだ。日本政府は拉致された人がどう死んだのか、誰をどう処罰したのか、北朝鮮に明らかにさせなくてはならない。この究明と(拉致被害者家族に対する)国家補償の追及が、国交正常化の第一歩だ。一方、日本は朝鮮半島を植民地化する国家犯罪を犯した。金正日(総書記)は少なくとも拉致について謝罪したが、日本は従軍慰安婦問題で謝罪も補償もしていない。今こそこれをすべきだ。日本が国家犯罪を清算せず、国交ができないために、北朝鮮の国家犯罪による自国の犠牲者を生んだ。日朝両国が国家犯罪を認め合い反省することが、これからの「国交」の土台となる。(平成14年9月18日付東京新聞朝刊社会面「日朝首脳会談 拉致事件・生死判明 識者の声・市民の声」)
としている。また、「北朝鮮の諸問題の原因は日本をまねたためだ」、というような発言を自身のホームページ(外部リンク参照)のコラム『新・西雷東騒』第4回に書いており、『週刊新潮』2006年11月30日号は、『「ベ平連・小田実」は今も「北朝鮮の味方」という証明』という記事で批判した。

なお小田実は北朝鮮国籍の玄順恵と1982年に結婚(12月24日に結婚式)し、1996年には岩波書店から共著『われ=われの旅 NY・ベルリン・神戸・済州島』を出版している。


政治的スタンス

「市民の立場をとる」ことを建前に、ユーロ社会民主主義や緑の党にシンパシーを抱いる旨の発言を幾度となく繰り返している。しかし上記のような言動から左翼と見做される場合が多い。ただし学生運動には参加しておらず、マルクス主義には懐疑的で、「マルクス主義における党組織論は、カトリックと似ている」、「マルクス主義者は真理を独占していると考えているが、人間の行動の動機は、財産欲による場合よりも性欲による場合が多い」と述べている。

また、1987年には東京都知事選挙に日本社会党から立候補を打診され、本人も一時は出馬に前向きだった。2005年の衆議院議員選挙では、土井たか子が事実上の政界引退を表明したことに遺憾の意を表し、社会民主党支持を明らかにしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%AE%9F


小田実のHPはこちら
http://www.odamakoto.com/jp/






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posted by zara at 11:37| Comment(0) | TrackBack(43) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

丸川珠代は格差社会の象徴

自民1+1=1…東京選挙区は丸川珠代氏のみ当選

 参院選で激戦の東京選挙区。議席を自民候補の現職・保坂三蔵氏(68)と新人・丸川珠代氏(36)が争う“共食い”の情勢になり、2期12年の実績を誇る保坂さんが涙をのんだ。

 30日午前0時15分過ぎ、事務所に姿を現した保坂氏は「申し訳ありません」と頭を下げ、支援者と握手をしながら壇上に。「与党の逆風は承知していたが、有権者に思いは届いていると思っていた」と敗戦の弁を述べた。丸川氏の擁立については「2人当選というのが党の命令だから…」と悔しそうな表情を隠さなかった。
 自民党は定数改正で改選数が1つ増え「5」の参院選東京選挙区に、9年ぶりに2人を擁立。当時は共倒れの憂き目をみただけに、今回は組織力を背景に「地上戦」で臨む保坂氏に対し、知名度を生かした「空中戦」で浮動票を狙う丸川氏。同党は両者の相乗効果でそろって当選をもくろんでいた。

 結局、2人擁立による相乗効果はなかった。「1プラス1が2にならず、1のままで、同じ自民党支持層を食い合っていただけだ」。ベテラン都議は吐き捨てた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070730-00000904-san-pol


tkkss.jpg


自民37。予想以上の負け方。片山虎之助が破れ、松あきらも市井に消えた。

そんな中、まさか丸川珠代にバラが付こうとは夢にも思わなかった。
こんな、何の政策もなく、女子アナウンサーとして年齢がそろそろなんで、参院選でも出てみようかみたいな候補。しかも選挙期間中に、3年間選挙権すら持っていなかったことがばれてしまって。。。こんなのが当選だ。

ブログ等での評判では、やはり東京にはB層が多いとか。。。
でも考えてみれば当たり前の話なのかも知れない。東京は格差社会の頂点に君臨する人々が集まる街。現状を変えていかねばならないとか、格差を解消せねばならない、なんて思いは全くもって薄いんだろう。

それは都知事選のときにも感じたこと。。。
共産党が51年ぶりに非改選合わせて東京での議席を失ったのも象徴的。
保守本流の街、東京。改革意識に乏しい街、東京。



まあ、こういう馬鹿議員が当選してくれると、攻撃材料が増えてありがたいのだが。。。

田中康夫、丸川珠代にキラーパス





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posted by zara at 09:00| Comment(1) | TrackBack(18) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月29日

死に体内閣 続投を表明

「責任果たしていく」安倍首相、続投の意向表明

 安倍首相(自民党総裁)は29日夜、テレビ朝日の選挙報道番組で、参院選の結果について「手応えはあったと思っているので、大変残念な結果になったと思っている」と述べた。

 その上で「国民の声を厳粛に受け止め、反省すべきは反省しなければならない。改革を進め、新しいスタートを切るためにも、これからも総理大臣として責任を果たしていかなければならない」と述べ、続投の意向を表明した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070729-00000017-yom-pol



安倍首相、引き続き政権運営

 安倍晋三首相は29日夜、首相公邸前で記者団に対し、引き続き政権運営を担う意向を示した。また、29日夜の民放番組で「われわれの国づくりはスタートしたばかりだ。これからも首相として責任を果たしていく」と続投を表明した。


幹事長辞任を表明

 自民党の中川秀直幹事長は29日夜の民放番組で、参院選惨敗について「幹事長に責任があるのは間違いない」と述べ、辞任の意向を表明した。

http://www.sankei.co.jp/seiji/senkyo/070729/snk014.htm

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ここまで負けても安倍晋三は続投するそうです。
馬鹿ですねぇ。お坊ちゃまにこの参院逆転の国会運営が出来るわけないのにねぇ。益々支持率を下げ、死に体一直線なのにねぇ。中川(女)が辞職しようと内閣改造改造をしようとも、この流れが変わることはないと思います。

昔の自民党って言うのは、ある意味寄り合い所帯だったわけですよ。いい意味でも悪い意味でも。常に派閥が争い、政争を繰り返してた。野党より怖い存在が、党内にいたわけですよ。

でも先代小泉内閣は、徹底的にそれを無力化した。勿論それは日本にとって良い部分もあったと思う。しかし、それを受け継いだお坊ちゃま安倍晋三内閣は、その負の部分で蛆虫のように生き永らえてしまう。誰一人安倍晋三に引導を渡せないで、ウジウジと生き永らえる。。。後継と言われる麻生は口が軽く、派閥も極小。その後に続く谷垣、福田も政治家として党全体を掌握するには小粒。その上、上記3人とも「今、総裁の座に付くのは損。火中の栗は拾いたくない」と思ってる。

今の自民党は本当に病んでいる。

次に争点は総選挙でしょう。総選挙で引導を突き付けない限り、安倍内閣はゾンビのように国会を彷徨い続けるんでしょう。





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posted by zara at 23:01| Comment(0) | TrackBack(54) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

与党歴史的大敗濃厚 どうする安倍晋三

自民、40議席割れの可能性 民主躍進 本社出口調査

 朝日新聞社が29日、全国の投票所で実施した参院選出口調査の午後6時45分現在の集計に基づき、各党の獲得議席を推計したところ、自民は選挙区と比例区を合わせて40議席を下回る見通し。公明も伸び悩み、自公を合わせた与党勢力は計50議席を確保できるかどうかが危ぶまれるほどで、過半数維持に必要な64議席を確保するのは絶望的な情勢だ。一方、民主は50議席を大きく上回り、60議席の大台に乗る可能性もある。非改選議席と合わせて民主が参院第1党となるのは確実だ。

 自民は推計で、選挙区20〜27、比例区12〜16程度で、40議席を下回る公算が大きい。岡山選挙区では、4選を目指す片山虎之助参院幹事長が民主新顔にリードを許し、愛媛選挙区でもベテランの関谷勝嗣氏が劣勢に立たされている。さらに、自民党結党以来、一度も議席を落としたことのない佐賀選挙区でも初めて苦杯を喫する情勢となるなど、これまで「保守王国」といわれてきた選挙区で軒並み苦戦を強いられている。

 公明は選挙区1〜4、比例区6〜8で、改選議席の12を割る公算が大きい。5人の公認候補を立てた選挙区は、いずれも接戦模様となっている。

 一方、民主党は選挙区37〜42、比例区17〜24程度で、過去最高の50議席を上回る勢い。目標としてきた55議席よりもさらに上積みして60議席をうかがう伸びを見せている。

 共産は計2〜6、社民は計1〜2で、ともに改選議席を下回る見通しだ。国民新党は島根選挙区で接戦に持ち込み、比例区でも1人の当選を固めて、新党日本も比例区で1議席を得る可能性がある。

 

【獲得議席の推計】

 自民32〜43

 民主54〜66

 公明7〜12

 共産2〜6

 社民1〜2

 国民0〜2

 日本0〜1

 無所属 4〜8

http://www.asahi.com/politics/update/
0729/TKY200707290262.html



<参院選>自民大敗か 40議席に届かず? 毎日・出口調査

 第21回参院選は29日午前7時から投票が始まり、一部を除いて午後8時で締め切った。
 開票は即日行われるが、毎日新聞の出口調査によると、全体的に与党、特に自民党に厳しく、自民党は大敗を免れない情勢だ。
 自民党は焦点の1人区のうち群馬、和歌山、山口選挙区で優勢なものの、東北、四国、九州地方などでは軒並み民主党に大きくリードを許している。1議席はほぼ固めた複数区や比例代表を合わせても、全体では橋本政権下の98年参院選の44議席を下回るばかりか、40議席に届かない可能性も出てきている。最終的な議席数によっては党執行部や安倍晋三首相の責任論が党内から出てくることも考えられる。
 一方民主党は岩手、三重選挙区など1人区で自民党を圧倒、比例代表でも過去最高の20議席をうかがう勢いで、参院第1党になるのは確実な情勢だ。
 与党の公明党も、自民党の不振にひきずられた格好で、愛知、埼玉、神奈川選挙区などで苦しい戦いを続けており、目標だった13議席に届くかどうか微妙な情勢だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070729-00000034-mai-pol



8時を機に、TV各局も出口調査の結果を発表。概ね自民39〜34、民主58〜61である。大敗、まさに歴史的大敗。もうこの数字まで減らせば多数派工作でもどうにもなるまい。片山虎之助の下膨れ顔もしばらく見なくて良いのか。良かった。

そんな中、安倍晋三は官邸に篭りっきり。唯一、中川(女)ひそひそ話し。。。



安倍首相、参院選で中川幹事長と会談

 安倍晋三首相は29日夕、首相公邸で自民党の中川秀直幹事長と約20分間会談し、同日投開票の参院選の状況などについて意見交換した。会談内容について同党首脳は「まだ開票は始まっていない。何も言う段階ではない」と述べるにとどめた。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a
=20070729-00000052-jij-pol



どうせ、中川が幹事長職を辞してお茶を濁す相談だろう。
そんな生易しい負け方じゃないぞ。


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posted by zara at 20:26| Comment(0) | TrackBack(66) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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